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□まちつづけたひと
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「ごらんよ真田、小さな子供達が楽しそうに童話を歌っている」

その日、真田は朝から一日中落ち着きがなかった。
自分ではいつものように早朝から鍛錬に励み、学校でも模範生と謳われ出来の悪い後輩を叱ったりしていたつもりでも、周りは一様に彼の異変に首を傾げる。
心当たりがあるとすればひとつだけ。
帰り道、隣を歩く恋人の唇を盗み見ては膨れ上がる感情を抑えることに専念しようとした。
故に、返事はワンテンポ遅れる。

「ああ、あれなら俺も知っている。『森のくまさん』だな」

「今思うと結構ロマンチックな歌だよな」

「うむ。そうだったか?よく覚えとらん」

「そうなんだよ。ねぇ、ところで」

その時、真田は思わず生唾を飲んだ。
彼がずっと魅入られていたもの……それは、美しい弧を描いた恋人、幸村の唇だ。
互いの唇が触れたことは過去に一度だけあったが、それ以来二人の間に甘美な雰囲気は訪れていない。
いや、幸村が意識的にそうしてきたと言った方が正しいのか。
振り回されるのは嫌いではない。
が、何故か今日は、またあの柔らかい感触を味わうことが出来そうな気がするのである。

「ねぇ、俺の話聞いてる?」

気付いた時にはまた、真田は意識が明後日の方へ飛んでいた。
限界は、これでもかと言うほど近い。

「そんなことはない」

と、言ったのは五秒後のことだ。
そんなに俺を焦らしてどうするのか、と言えるはずもなくただ地面を見つめる。
すると、流れるような仕草で幸村のほっそりとした腕が首もとに巻かれた。

「よくここまで我慢したよね」

「それはどういう」

「ねぇ、もう一回してあげようか」

真田の疑問は小さなリップ音に遮られ、返事をする間も与えられず通算三度目の口付けが交わされた。
とても甘い蜜のような味がする。

「こういうのも、俺的にはロマンチックだと思うんだけど」

意地の悪い笑みを浮かべる幸村を見て、自分は飼い慣らされてしまったのだと真田は幸福に似た溜め息を漏らした。





110610

「幸福論者」様提出です。
私は幸真があればご飯三杯はいけるかと。素敵企画ありがとうございました。

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