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□焦がれる
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※男娼パラレル
「マスター、いちばん人気が欲しい。あの銀髪で可愛げのない男だよ」
僕が店に電話を掛けた時、マスターのジョー・サリバンは困惑していた。
いや、それとも怒っていたのかな。
匂いなんて届くはずもないのに、あの店の事務所に充満していた紫煙が鼻を突く。
マスターは愛煙家で機嫌が悪いと普段の倍は吸っていた。
「セス…君は今まで何を……」
「資金稼ぎですよ、マスター。僕は真っ白な金であの人を買いたい」
「……アラゴを、か?」
神妙な口調のマスター。
御名答です、と僕は笑った。
***
一カ月前まで、僕はこの街でナンバーワンの男娼だった。
性に合ってるんだよね。
愛想を振り撒くのは得意だし、この顔だから大抵の男は正規より高い金額を払ってくれた。
マンションを買ってくれた客もいたかな。
高級クラブのホステスじゃあるまいしと僕は断ったけど、マスターが転がしてやると言ってくれたから有り難く受け取ったよ。
そう、僕は現状に満足していたんだ。
そこに愛は無くあるのは僕を買おうとする男達の欲情だけだったけど、金は腐るほどあったから、少なくとも生活に不自由することはなかった。
だけど、彼が現れてしまった。
アラゴ・ハントという名の男が。
『それはMPSの制服ですか?』
彼はやる気の無い男娼だ。
事務所に初めて来た日も先輩である僕を見て舌打ちをした。
『別に、テメェにゃ関係ねぇだろ』
『そんなに怒らないで下さい。よくあることなんですよ、昼職の人がここで働くのは』
『……だから何だってんだよ』
彼が着ていたのはこの街には似つかわしくない、またいくら金を積んでも僕みたいな教養の無い人間には縁の無い警察庁の制服だった。
これは後からマスターに聞いた話だけど、かつて彼は首都ロンドンで名を馳せた刑事だったらしい。
彼の制服は刑事ではない平巡査が着るそれだ。
あの日、何故彼が制服を着ていたかはついぞわからなかったが。
彼は、一日に何人も客を取ったかと思うと、次の日には自分への指名客をすっぽかして帰ってしまうことが度々あった。
だが、不思議とクレームは一つも無かったとマスターは言う。
『俺にもよくわからなくてね。客の話を聞くとおざなりなセックスしか出来ないくせに、そいつらは絶対にまたアラゴを指名する』
『単に顔が良いからでしょうか?』
『いや…それなら君の方が男受けする顔だろう』
確かにマスターの言う通りだった。
同じ店で働く連中は顔とテクニックだけが取り柄の阿呆で、僕はそのもっともたる存在。
けど、客は次第にアラゴ・ハントへと流れて行き、二カ月もしないうちに彼は店のトップになった。
『どうしてあなたみたいな人が…!』
いつの日だったか、街中で仕事帰りであろう彼と出くわしことがある。
僕は焦っていた。
他の奴の客が誰に取られようが関係ないけど、自分の客をこのぽっと出の新人に取られるのだけはどうしても許せなかったのだ。
勿論、彼に何の非も無いことを頭ではわかってる。
男娼を選んで金を払うのは客だ。
だけどあの日……大物の固定客が続けて三人も彼を指名した日には理性が飛んだよ。
僕は思い付く限りの罵詈雑言を浴びせ、それを黙って聞いている彼にもまた腹が立った。
『……んなの俺の所為じゃねぇだろ』
『わかってますよそんな事!……っ、けど!なら僕はどうしろと言うんですか!? あなたが、あなたさえ居なければ……!』