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□焦がれる
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僕は、人前で泣いたことがない。

仕事してる時は別だよ。
感じてる振りをして、生理的な涙を溜めれば客はいつだって大金を払ってくれる。

けど、それ以外では、誰かに弱みを見せるくらいなら死んだ方がマシだ。
嬉し涙、なんてものは論外で、悔し涙も悲しみの涙も僕だけのモノ。


――だから、僕は気付けなかった。

彼の大きく骨ばった手が頬に触れるまで、まさか自分が泣いているとは夢にも思わなかった。


『アラゴ…さん……?』


思わず名前を呼ぶと、彼は酷く悲しそうな顔で言った。


『そんなに悲しいなら男娼なんか辞めちまえばいいじゃねぇか……そんなにツライ顔してまで、どうして……』


僕には彼の言っている意味がわからなかった。

……ツライ顔をしているのはアラゴ・ハント、あなたの方なのに。



『あのね、セス君。実はあなたにうちの会社で働いて欲しいと思ってるの』


それから暫く経ったある日、僕は客ではない知り合いの女の子に思いがけない事を言われた。


『僕が…リオさんの会社で?』

『そうよ。お給料は今より少なくなっちゃうけど……正直に言うと、やっぱりセス君のような若い子にああいう事はして欲しくない』

『リオさん………』

『無理にとは言わないわ。前向きに考えてくれればいいの』


僕が…普通の仕事を……。

心が揺さぶられる。
脳裏に浮かんだのはアラゴ・ハントの顔だった。

僕達には値段が付いていて、金さえ持っていれば老若男女問わず一夜を共にすることが出来る。
……例外があるとすれば同業者だけだ。
僕は同僚の誰も買えないし、逆もまた然り。

けど、一度辞めてしまえば自由の身だ。
誰だって買える。――そう、彼だってね。


(彼は一体…どんな顔で……)

(……どんな顔で泣き、男に抱かれるんだろうか……)


僅か二カ月で僕からナンバーワンを奪った男。

いや、それ以上に僕は純粋な興味を抱いていた。



***



指定したホテルに着いたのは予約時間の三十分前だった。

あれからマスターに「今何してるんだ」「どうしてアラゴを」と散々質問攻めにされたけど、隠すことなんて何一つ無いから僕は正直に全てを話した。

それでも解せないって顔をしていたよ。
大人だから口には出さないけどね。

でも…実は僕自身、この感情の名前を知らない。
それとも偉い人の本を読めばわかるのかな?……なんて、それこそ絵空事さ。
好きなことを勉強をし、それを生かせる術があれば僕は男娼にはならなかった。


「……遅い、なあ……」


時計の針が、これでもかってくらいゆっくり進んでる気がする。
こんなに心臓が高鳴るのは久しぶりだ。

客に抱かれるんじゃない。僕が客として彼を抱くんだ。
早く彼の泣き顔が見たい。
泣かせたい。
キスをして、白い肌に噛み付いて、後ろの柔らかそうな肉を撫で回して――。


「……ああ、どうしよう。これじゃあまるで、あなたに恋をしてるみたいだ」


欲情が、リアルとなって僕の先端をどろどろに溶かす。
きっと今の僕を止めることは誰にも出来ないだろう。
無論彼にも。


不意にインターホンが鳴り、僕は玄関までダッシュした。

まずはあなたの、驚いた顔にキスをしてあげましょう。





焦がれる


(今夜を越えたら僕はきっと、もっとあなたを欲しくなる)






110518

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