short
□drop
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観月がナントカっていう高級な紅茶をおもいきり、吹いた。
ちょっとした奇跡である。
「ちょと汚いんだけど。人の部屋で何してくれるんだよ」
僕はほとんど無表情のまま、否、冷めた視線を観月に向けた。
その間も真っ白だったカーペットに紅茶が染み込んでいき滲んだ紅に変える。
これ高かったのに、と心の中で舌打ちをした。
「いっ、いやいやいや!有り得ないっ!有り得ないですよ!」
……いや、あんたの若手芸人みたいなリアクションも相当ありえないですけど。
「そんな事ないよ。別に現在進行形ってわけじゃないし、女の子で言うところの将来パパのお嫁さんになる!みたいなもんじゃん」
「全然違いますよ!?」
「てか今日の観月声大きいねー」
クスクス。僕はすっかり炭酸の抜けたコーラに口を付けた。
たまにはお茶でもどうですか。
という、いつになく気持ち悪い台詞と共に観月がこの部屋にやって来て二時間ばかり経つけど、僕の話に食い付いたのはこれが初めてである。(彼は人の話を聞くより自分の話をしたい人間なのだ)
そんなに可笑しなことだろうか。
いや、それを定める感覚は既に無い。
だから僕は本当に何でもないことのように話した。――男として亮が好きだった、と。
「はあ…僕は何と言っていいやら……」
「別に何も言わなくていいよ」
ややあって落ち着きを取り戻した観月は溜め息をつき、額を押さえる。
そう、これは僕の問題。
終わったことだから話しただけであって意見は求めてない。……あれ、ならなんでこんなこと言ったんだっけ。
コーラはねっとりとした甘さだけが残り、舌にまとまり付いて離れない。
それは少しだけ僕の気持ちに似ている。
って、詩人なら思うんだろうけど、生憎僕は純文学なんてものに興味はないから、まあどうでもいいか、と最後はただの諦めだ。
つまり僕は僕自身に嘘がつけるほど器用な人間じゃあ、ない。
「ごめん観月、やっぱりなんか言って」
すると観月は目を見開き、再び紅茶を吹く……と思いきや、それはすんでのところで回避された。
そりゃちょっとはゴポッて変な音がしたけど、冒頭より冷静さを取り戻した彼は流石は何と言うか、中三にしては老成している。
だから観月は僕の問いに答えることなく質問を質問で返した。
「君はどう思ってるんですか」
と。
或る意味、助かった。
「正直、よくわからないってのが本音だと思う……。でも今実際に口にしてわかったのが、僕はまだ亮を諦めてきれていないんだってこと。こっちに来てもう随分経つけど、部活も終わった今じゃあ気が抜けちゃって……これは単なる気の迷いかな、とも思うし」
「でも、好きなのでしょう?」
「少なくとも嫌いになったことはないよ」
言葉が、心の声が何重にも掛かったフィルターをするりと通り抜けてゆく。
ああそうか、僕はこう言いたかったのか。
亮が好きで、だけど勝手に終わったことにしている自分がいて、そのくせこの胸は酷く痛む。
それが出てしまったのは気の迷いではなくただの限界だった。
僕の欲望の。
また、この渇いてしまった日常の。
「……いや、嫌いになるなんて無理だ。俺は今でも亮が好きだよ」
僕ははっきりと告げた。
それは初めての経験だ。
僕の気持ちを知っている人間は六角にたくさん居たけど、その誰にも無理だと言われて。
いけないことだとはわかっている。
わかっていても、やっぱり僕は、僕自身がいちばん大切らしい。
「クスクス…なんか、可笑しいや」
僕は嘲笑った。
「いえ、そんなことありませんよ」
そして観月は、僕がいちばん欲しかった言葉を紡ぐ。
「君が好きなら、それで良いじゃないですか」
僕は、観月ほどじゃないけれど、心の綺麗な人間ではない。
だけど亮を想う気持ちは何の後ろめたさも迷いもない清廉なものだと言える。
クスクス。残りのコーラを一気に飲んで、少しだけ晴れやかな気持ちで笑う。
「流石は観月」
「んふっ、そうでしょう」
観月も妙に満足げだ。
「あ、そうだ。クリーニング代忘れないでね」
だから僕はささやかな御礼として、次の瞬間に彼がまた吹いたことには見て見ぬフリをしてあげようと思う。
drop
(そっ、それとこれとは話が別でしょう!?)
(なんでだよ。零したの観月じゃん)
(それは君が――)
(ていうか人の部屋にティーセット持参する中学生がどこにいるんだよ)
(…………。)
(クスクス)
110404
淳って観月さん呼びだったような気が……?