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□ありふれた春
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「本当に卒業しちまうんだな」
と、山本武は感慨深げに言った。
そして冗談のような口調で「まさかおまえが卒業するとは思わなかった」、とも。
「なにそれ。僕だっていつまでも若いわけじゃないよ」
「いや、そういう問題じゃねぇと思うけど……」
「じゃあ何」
僕は煮え切らない態度の山本武と、貰ったばかりの卒業証書が入った筒を交互に見て溜め息を吐く。
鬱陶しかった。
散りゆく桜、定番の卒業ソング、誰かの笑い声と涙。
学校のことなんて何も考えてなかったくせに、まるでこの日の為に生きてきたみたいに仰々しく花なんか飾るんだ。
並中のことは誰よりも僕が知っている。
それは目の前も彼も並中生である限り、きっと同じことだ。
「なんつーか…さ、雲雀はこれで良かったのかな、って」
だからこんなに回りくどい言い方でも、大抵のことは察しがついてしまう。(いや、だからこそ余計に鬱陶しいのか?)
「君が口出すことじゃないよ」
色々と考えてみたけれど、僕はそう答えた。
それに間髪入れずに山本武は反論する。
「でも…このまま、何も言わないよりはきっと獄寺も…」
可哀想だ。
と、泣きそうな顔で一言。
けど、それこそ冗談じゃあ、ない。
獄寺隼人がこの春イタリアに戻ることは知っているし、どういう了見なのか僕のことを好きだとも本人から何度も聞かされた。
それに加えて僕は高校生になるわけだから、もとよりボンゴレ云々に関わる気のない僕と彼のパイプは完全に絶たれるだろう。
何も思わない。
と、言えば嘘になるかもしれないけど、やっぱりそれだけの話だ。
それを何故……寄りによって山本武に指摘されなければならないのか。
寧ろ酷なのは僕だ。
獄寺隼人を想う山本武に惹かれてしまった、並中生の僕。(まあ、口が裂けても言わないけど)
「何も言わないからこそ、伝わる思いがあるんじゃないの」
桜の木を見上げ、僕は沈黙を破った。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす…ってね。尤も僕の場合、ただ勇気が無いだけなんだろうけど」
「雲雀……?」
「そんなことより、ねぇ。君は僕に言ってくれないの」
山本武はまだ何か言いたそうだったけれど、どうせまた的外れな事だと思い、僕は続ける。
「君は風紀委員長だった僕に対しておめでとうの一言も言えないのかって言ってるんだよ」
「え…ああ、おめ」
「もういいよ。眠いし」
するとどこからともなくヒバードが飛んできて、条件反射で左手を差し出したらそこにちょこんと座った。
ただの鳥だけど、彼はなかなかに空気の読める奴だと思う。
「ヒバリ、ヒバリ」
「わかってるよ、餌の時間だね」
「ヒバリ、ヒバリ」
「だけどここはもう好きじゃないんだ。少し早いけど構わない、並高に行こうか」
「ヒバリ、ヒバリ」
「そういうわけでさよならだね山本武。……それと、ありがとう」
ありがとう。
僕を好きにさせてくれたおかげで、僕は未練なくここを立ち去ることが出来る。
本当は言いたくなかった言葉だけど、君になら特別に捧げるよ。
(……だけど、不思議だね。今なら少しだけ、卒業式に泣く理由がわかる気がするんだ)
そして僕は、並中を卒業した。
ありふれた春
(それでもきっと来年の春も、僕は君を愛してしまうんだろう)
110311