short

□惚れた弱みに付け込まれ
3ページ/3ページ


***

切原の目は微かに充血していた。
泣いていたのだ。
口に出してみて改めてわかったけれど、自分と丸井が恋仲だなんて滑稽にもほどがある。

「丸井先輩はただ仁王先輩の気を引きたいだけなんスよ」

だから自分に気のある人間を利用した。
切原は涙ぐみながらそう続ける。

「かもな。……いや、きっとそうなんだろうよ」

丸井は2個目のドーナツに手を伸ばしながら言った。
一体彼の小さい体のどこにそれほどの食べ物が収まっているのだろうか。
と、切原は一瞬どうでもよいこと考えてしまった。

「現に振られてるしな。その腹癒せが無いって言ったら嘘になる」
「そうだったんスか……」
「ああ…。でもきっとそんなことはどうでもよくて、俺は仁王のことを試したいんだよ」
「試す?」

丸井は肘を付き、深い溜め息を吐いた。
まるで自分の行動が不本意だと言いたげな表情で。

「何があっても仁王が俺のことを好きでいてくれるか、試したかったんだ。……仁王はな、自分で気付いてないだけで本当はずっと両想いなんだぜ」

――その時、赤也は悟った。
きっとこの人は、初めからこうなることをわかっていたんだと。
仁王に振られることも、その仁王を誰よりも傷つけてしまうことも。
……それほどまでにただ、愛していた。

丸井はドーナツをまた一口、お茶と共にゴクリと流し込んだ。
泣きたいのは丸井も同じだったのだ。

「赤也には悪いけど、俺は俺と同じようにあいつにも苦しんで欲しいと思ってる」
「……はい」
「そんでこんな愚かな俺も含めて、好きになってもらえたら最高じゃん」

だから、ごめん。
切原はよほど「俺がいる」と言いたかったが、それこそ滑稽だと思いギリギリのところで飲み込んだ。
誰が考えたかは知らないが、『惚れたモン負け』とはよく出来た言葉だと思う。

切原が膝の上で拳を握りしめた時、目の端ではもう一人、その言葉によく似合う人物が愛しい彼を探している姿を捉えるのだった。



***



「ブンちゃん!」

仁王が少し離れたところから声を上げると、丸井の肩がビクンと跳ねるのがわかった。
その後は走ってきた所為で息の上がっている仁王の荒い呼吸だけが響く。
そして、切原が静かに席を立った。

「次移動なんで失礼するッス。あ、これもう要らないんで良かったらあげます」

丸井に差し出されたのは食べかけのメロンパン。
しばし呆然とする丸井をよそに、切原は何事もなかったかのように去って行った。
それにより話し出すタイミングを失った仁王もまた立ち尽くし、空いた後輩の席を見つめる。

「座れよ。……いや、場所変えた方がいいな」

丸井が立ち上がると仁王は「ああ」とだけ答え、その後をついて行った。
気まずい沈黙が流れ、今度は丸井のガムを噛む音だけが鼓膜を刺激する。

「ブンちゃん」

それに耐えきれず縋るように名前を呼ぶとややあって丸井は足を止めた。
決めたわけでもないのにいつの間にか校舎裏の、全く同じ場所でまた向かい合っている。

「知ってるかもしんねぇけど、俺は今赤也と付き合ってる」

仁王の目をひたと見据えながら丸井が言った。

「ああ、幸村に聞いた」
「そっか…。そういや幸村君赤也のこと好きだったよな」
「本気かどうかはわからんがの」

仁王は苦笑し、自分で言ったはずかなのに丸井にも言っているのだと気付く。
けど、そんなことはどうだっていい。
伝えるべき言葉は決まっていた。

「好いとうよ、ブンちゃん。だから付き合って欲しい」

秋の初めにしては生温い風が吹き、仁王の束ねた銀髪を揺らす。

一瞬。
ほんの一瞬だけ丸井はこのまま仁王を抱きしめたいと思ったが、彼の屈折した心がそれを許してはくれなかった。

「はは、この前と逆だな」

だからせめてもと声を出して笑い本心を押し殺す。

「柳生に言われて気付いたきに、俺もずっとブンちゃんが好きぜよ」
「けど今は赤也の彼氏だぜ?」
「それでも……」

好きという感情が溢れて止まらない。
今までどこにあったのかと言うほどそれは仁王を支配した。
自分ではどうすることも出来ず、瞳には文字通り目一杯の涙を溜める。

そして知らず知らずのうちに、また切原がそうであったように丸井の哀しいシナリオ上で踊った。

「それでも好いとうよ。……赤也のことは何も言わないから、俺をいちばんに愛して下さい」





惚れた弱みに付け込まれ


(たとえこの先何度同じことがあっても、俺はあなたを許してしまうんだろう)






110323

前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ