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□惚れた弱みに付け込まれ
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***

海風館。
歴史ある立海大付属の食堂では今日も今日とて多くの生徒が集まる中、切原は購買部で買ったメロンパンを千切りながら口に運んでいた。
その横には一番人気のAランチを前に目を輝かせる丸井。
デミグラスソースの掛かったオムライスに磯の香り漂う海鮮サラダ、デザートにはグランベリーヨーグルトを丸井は次々に頬張っていく。
二人にようやく会話らしい会話が生まれたのは丸井が持参したドーナツに手を伸ばした時だった。

「やっぱりおかしいッスよ」

切原は食べかけのメロンパンをテーブルの上に置き、俯き加減に、しかしはっきりと訴えた。

「俺は丸井先輩が好きだし、こうして一緒に居てくれるのは嬉しいッスけど…」
おかしい。
と、もう一度力強く告げる。

切原が丸井に告白されたのは、丸井が仁王に振られてからたった一時間後の出来事だった。
もちろん切原はそのことを知る由もなく、彼はただずっと大好きだった先輩に好きだと告げられたことを素直に喜んだ。
これからは自分だけを見てもらえる。
けれどそう思えば思うほど、妙に惨めな気分になってしまう。

「何言ってんだよ赤也?好きなのは俺も同じなんだし、それでいいじゃんか」
「それがおかしいって言ってるんスよ」
「意味わかんねぇ……」
「わかんないのは丸井先輩の方ッス!」

思わず声を荒げる切原。
切原には心当たりがあった。
それは誰よりも丸井を見てきたからこそ自信を持って言える。

「丸井先輩が好きなのは仁王先輩のはずです。……俺のことを好きだなんて言う先輩は、嫌いだ」



***



「どうしてって言われても……ブンちゃんはブンちゃんじゃき、彼氏とかってなると……」
「そもそもその考え方が間違ってるんですよ仁王君は」

柳生は狼狽える仁王を抑え、更にたたみかける。

「彼氏とか恋人とか、そんな枠組みどうだっていいじゃないですか。…好きなんでしょう?丸井君のことが」
「そりゃ…ブンちゃんのことは好きぜよ」
「なら答えは簡単です。好きなら好きと伝えればいい」
「……え?」

丸井の言っていた『好き』と、自分が彼に対して思う『好き』。
それが全くの別モノだと思っていた仁王にとって、柳生の発言はまさに目からウロコだった。
思わず凝視すると柳生は苦笑いのようなものを零した。

「自分の感情くらいちゃんとわかってないと駄目ですよ。…ま、真田君まで行くとどうかと思いますがね」

それは、どこか悲哀を湛えたような寂しげな笑みで。
その理由はわからないが、視界の隅では先程の怒りはどこへやら幸村が静かに目を伏せる。

「なんだと柳生!これはただの正義だ!」
「真田うぜぇ」
「ゆっ、幸村…!?」

やがてそれも今日は一段と残念な真田によって場の雰囲気が和らげられ、仁王は頭の中で校舎裏でのやり取りを繰り返した。
泣きそうな丸井の顔が浮かんでは消え、思い出したかのように痛みが波を描いてやってくる。
(あの時だってブンちゃんのこと好きじゃって、ちゃんとわかってた)
だけど始まりはもっと昔のことだ。
出会った時からあの無邪気な笑顔と、そのくせ変に男らしいところが好きだった。

「……そうじゃ、俺はずっと前からブンちゃんのこと……」

好きだった。
いや、今でもその気持ちは変わらない。

「なら君のするべきことは決まっています」
「そうだね。俺もあの二人が別れるのは大賛成」

柳生と幸村に後押しされた仁王は、昼食もそこそこに教室を後にした。




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