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□初恋と悩める神の子
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なんでだろう、と思うことがこの世の中にはたくさんある。
ふとした疑問も不条理な出来事も俺には何も理解できなくて、そのくせ一度気になったら一歩も動けなくなるのが俺だ。
だからそういう時は必ず幸村部長に訊くことにしている。
だって真田副部長だと返り討ち(?)に遭いそうだし、柳生先輩なんかもなんとなく簡単には教えてくれそうにないっしょ?
ある肌寒い秋の日もまた、幸村部長のクラスを訪ねては俺はその「なんでだろう」をぶつけてみることにした。
するとやや驚いた顔をした後、にっこりと笑って一言。
「それはね赤也、きっと恋ってやつだよ」
「こ、恋…?」
「うん」
一瞬、俺は部長の頭がおかしくなったんじゃないかと疑った。
いや、ていうか元々色んな意味で常人離れしてるけど、そういうんじゃなくて、ただ驚いたのだ。
――恋。即ち異性を慕う気持ちのことくらい俺だって知っている。
けど今俺が言ったのはどう頑張っても恋じゃないだろう。
まじまじと部長の顔を見ていると、今度は何故か困ったように笑った。
「だってそうだろう?赤也、君は蓮二と一緒に居ると胸が苦しくなると言った。それを恋と言わずして何と言うんだい」
「で、でも柳先輩ッスよ?クラスの女子とかならともかく…」
「ふふ、恋に性別が関係あると誰が言った?」
「そういう問題なんスか!?」
俺は頭を抱え、だけど部長が言えばそれこそどんな不条理でも正論に聞こえてしまうから不思議だ。
……俺が柳先輩に恋をしている。
言葉にすればやっぱり変だけど、別にそれが嫌ってわけじゃないし、これ以上考えるのは正直面倒くさい。
「けど、残念だな」
一人で百面相をしていると、部長は声のトーンを落として言った。
「何がスか?」
「赤也は俺のこと好きになると思ってたのに」
「………は?」
「ほら、俺ってテニスだけじゃなくて男としても完璧じゃない?むしろ惚れない方がおかしい」
そして再びフリーズする俺。
一体この人は何を言っているのか。
後半の自信満々っぷりはどこから来るのか。
しかしここで、噂をすれば何とやら。
教室の入り口から柳先輩が幸村部長を呼ぶ声が聞こえた。

「赤也も居たのか」
柳先輩の登場により一旦正気を取り戻した俺だけど、よく考えたら何か、これって。
「……ん?どうした赤也、顔が赤いぞ」
「あはは、赤也は照れているんだよ」
「ぶ、部長!」
「だって本当のことだろう」
さっきとは一転し、ニヤニヤと笑う部長がなんだか憎い。
でもそれは図星で、好きって意識した途端に恥ずかしくなるとかどうなんだ俺。
「……精市」
柳先輩は俺と部長の顔を見比べると、たしなめるように部長の名前を呼んだ。
「感謝してよね。俺は別に、好きでキューピット役をやってるわけじゃないんだから」
「そういう問題ではない」
「……だとしても、だよ」
俺はその空気に完全に取り残されていて、柳先輩が何を言いたいのかも、部長の真意も、全然わからない。
……わからないけど、二人の問題ならば口出しは無用だ。
そう思いこっそり教室を後にしようとしたら、案の定部長はそれを見逃さなかった。
「どこに行くんだい赤也」
「えっ、だってもう昼休み終わるし…」
「そうだ、元凶のおまえが居なくなってどうする」
「げ、元凶!?」
俺何か悪いことしたのか!?
だけどこの短時間で何回酷使したかわからない脳みそじゃどうにもならなくて。
今日いちばん頑張って考えたけど、やっぱりわからないから、とりあえずへらっと笑ってみせる。
そして――二人が呆けた一瞬のうちに俺は教室から脱出した。




「しかし、意外だったな」
赤也が去った後、柳は感心したように言った。
「それって俺が赤也を好きだってこと?」
「違う、赤也が己の気持ちに気付いたことだ。それに…精市、冗談もそこそこにしろ」
「わーかってるよ」
幸村は机に突っ伏すと、蓮二には適わないなぁと嘆く。
「なんていうか、親心みたいなもんなんだよ。だからちょっと寂しかっただけ」
「……それは、」
「でも俺なら大丈夫だよ」
何か言いかけた柳だったが、幸村はそれを遮り、弱々しく笑ってみせた。
――赤也は知らない。幸村の、彼を思う気持ちが親心のそれを少しだけ越えてしまっていたことを。
また柳は今の笑みでそれに気付いたが、「大丈夫」という彼の言葉を信じ、或いは独占欲にかられてそれ以上は何も言わなかった。
ただ幸村と柳が共通して思うのはあれほど疎く小生意気な後輩に心を奪われたことに、酷くやるせなさを感じるのである。





初恋と悩める神の子


(だが安心しろ赤也!蓮二に飽きたらいつでも俺の元へ帰って来ていいからな!)

(……精市、周りの人間が引いている)







110227
赤也は受けっ子にしか成り得ないと主張してみる。


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