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□真夏の☆ペテン
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「そうだ赤也、おまえさんに良い事教えてやるぜよ」

太陽が照りつけるある夏の日、何の突拍子もなくペテン師は甘く囁いた。
吐息を吹きかけるようにそっと、官能的にも見える仕草はけれども、ある種あどけなさの残る赤也には内容の方に興味を引かせる。
良い事。
例えば今度発売するゲームの情報だとか、はたまた鬼の副部長の弱点なんかだったらそれは間違いなく赤也にとって良い事だ。
ネットを挟んで自分に平伏す真田の姿を想像すれば嫌でも顔はにやけてしまう。
「ねぇ、もったいぶらないで早く教えて下さいよ」
そう仁王にせがんだら、
「おう。実は参謀のことなんじゃがな――」
返ってきたのは予想だにしない台詞だった。




「なあ‥最近赤也のヤツおかしくねぇか?」
もう何球続いているのかわからないラリーの合間にジャッカルは問い掛けた。
「そうか?」と興味なさそうに返したのは丸井。コードボールと思いきやそれは彼お得意の妙技、綱渡りだった。
「‥って、おい!」
「ふぅー天才的ぃ?」
「見飽きてるっつの!‥じゃなくて赤也だよ赤也っ」
ジャッカルは思わず声を荒げる。
それを見てさすがの丸井も冗談だよと軽く笑ったが、ジャッカルの中のそれは疑問というよりはほぼ確信に近かった。
現に今柳と打ち合っている赤也は全く覇気がなく、そればかりがらしくない凡ミスが目立つ。
「ま、どうせ柳のことだろ?」
丸井がくちゃくちゃとガムを噛みながら何でもないことのように言った。
「柳?赤也のヤツなんかやらかしたのか?」
「ていうかほら、柳が真田に告白したって。それで赤也のヤツしょげてんじゃねーの」
「‥‥‥‥は?」
固まるジャッカル。丸井のガムが綺麗な丸に膨らんでいく。
「いやいやいや‥だって、あの柳だぜ?好きを通り越してバカ親になりつつある柳だぜ?あいつに限って、そんな‥‥」
ジャッカルの視界にはネットに弾かれて転がり落ちた赤也の打球と、それを不敵な笑みで見つめる柳の姿が映っていた。




赤也は焦っていた。
「どうした赤也?そんな球では練習にならないぞ」
「‥‥わかってます」
「なら本気で来い」
正確に打ち込まれる柳のサーブ。
けれどその打球がラケットに当たることなく、これが試合であれば赤也は再び点を失ったことになる。
溜め息を吐く柳。
だが、赤也はそれどころではなかった。
頭の中で繰り返されるのは数日前に聞いた仁王の台詞――『参謀が遂に真田に告白してなあ。これで幸村が戻ればまさに死角なし‥じゃの』
「赤也‥いい加減にしないと弦一郎に‥‥」
「どうして真田副部長なんスか?」
しびれを切らした柳の瞳が薄く開いた瞬間、それは赤也の静かだけどどこか悲痛な叫びによって遮られた。
(‥‥って、何言ってんだよ俺‥)
頭だけは変に冷静になれるけど、いかんせん感情が付いてこない。
ラケットが手のひらから滑り落ち、拳をギュッと握ればその様子を他の部員達も何事かと見つめる。
柳先輩が誰と付き合おうが、そんな事どうだっていいじゃねぇか。
‥‥なのに、どうしても上手く振る舞えない。手が震えて足だってすくむ。
どうして、俺は‥‥。

「俺が好きだと言うなら‥赤也、俺を倒してみろ」
俯く赤也に柳ははっきりとした口調で告げる。
「お、おい何言ってんだよ柳!?おまえだって赤也のこと‥」
「桑原君」
隣のコートから口出ししようとしたジャッカルを遮ったのは、影からこの様子を見守っていた柳生だった。
部長である幸村が入院し、たまたまその幸村を見舞いに行っている真田が居ない今日の練習は柳生が仕切っていたのだ。
「外野があれこれ言うもんではありません」
「そうだぜジャッカル、黙って見守るのが男ってもんだろぃ」
「けど、だからって‥‥」
「――倒してやるよ」
ジャッカルは最後まで渋ったが、コートの中では赤也が再びラケットを握り締めていた。





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