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□都合のいい男
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幸村精市。
神の子と謳われ立海大付属を全国二連覇に導いた彼が病魔に襲われたのは、今から約半年前のある冬の日のことだった。
突然の悲劇は彼を、また彼の愛してやまない少年やそのチームメイトを失念させる‥‥かに思えたが王者達の結束は固く、個々の精神力はそれ以上とも言えた。
「負けてはならんのだ!」幸村が抜けた後の部を背負った副部長、真田弦一郎は言う。
「たとえ草試合だろうと、それが立海大付属だ!」




「すまないね二人共。色々と忙しいだろうに‥いつもありがとう」

関東大会一週間前、幸村の病室には真田と、同じくチームメイトの柳生比呂士が訪れていた。
「うむ、たまには菓子ばかりでなく花をと思ってな。そこの花屋で買ってきたのだ」
「二人で?」
と、やや驚いた表情で幸村。
「ええ。幸村君の趣味に合うかはわかりませんが‥」
そう言われて差し出されたのは純白の百合の花束だった。
紳士と呼ばれる柳生ならわからなくもないが、真田が花屋で真剣に花を選ぶ姿は想像出来ない‥‥そんな思いが通じたのか柳生がくすりと笑う。
「それは私が選びました。心配しなくとも真田君に花の心得が無いことくらいわかっています」
「なっ‥」
「ふふ、そりゃそうだ」
「幸村まで‥‥!」
狼狽する真田。
だが幸村は、本当は心の奥底ではわかっていた。
真田が誰よりも部の為に尽力していることを。
また、彼が抱いている痛いほど清廉な想いを。
「‥‥しかし本当に綺麗な百合だね。この品種は確か‥」
それでも後者に応えるつもりはないので、ただ平静を以て笑う。
「笹百合ですよ。珍しいでしょう?ここまで真っ白な笹百合は私も初めて見ました」
「ササユリ‥」
――ササユリ。その花は数ある百合の種でも、日本を代表する最もポピュラーなそれだ。
だが柳生の言う通り純白の花弁を持つササユリは稀で、時期的なことを差し引いても希少価値があることに変わりはない。
「む?百合は普通白色をしているのではないのか?」
‥‥まあ、少なくとも真田には関係のない話であろうが。
「おやおや、これだから真田君は」
「真田は花より団子派だね」
「〜っ、もう花の話は終いだ!」
だいたい丸井や赤也もわからんだろう!と真田がフォローにならないフォローを自分に入れる。
その時ふと、幸村の頭の中にあるフレーズが浮かんだ。
それは、今この手に握られている他でもないササユリの花言葉。
尤もササユリ自体の真の意味は別にあるのだが、それとは別に日本独自のユリは全く別の意味を持っているのである。
(でも、どうして柳生が‥‥?)
盗み見た紳士の横顔。
彼の掛けている眼鏡の度がきつい所為なのか、レンズの奥にある表情を読み取ることが出来ない。
それとも単なる考え過ぎなのか?

「では幸村君、私はそろそろ失礼しますね。――また学校に戻ってダブルスの練習をしなければなりませんから」




柳生が去った後の病室では、真田が所在なさげに足元をふらふらと揺らす。
まるで幼子のような、どう転んでも彼には似合わない仕草に無論幸村は気付いていたが、今はそれどころではなかった。
ササユリの――否、日本ユリの花言葉は「あなたは私を騙せない」だ。
もし柳生がそれを知っていたならば「あなた」とは間違いなく自分のことを指している。
あなたは私を騙せない。
「‥‥ねぇ、真田」
それが一体何についてのことなのか‥‥心当たりは、一つだけあった。
それは幸村にとって最愛の、或いは真田からすれば憎むべき少年の存在だ。
「最近、仁王の調子はどうだい?」
その瞬間、真田の顔が僅かに曇るのがわかった。





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