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□優しい傷と
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透き通るような白い肌には銀髪が、それと真っ赤な液体がよく似合う。
制服姿のセス・ストリンガーは果物ナイフを片手に陰険に笑った。
セスの目の前‥‥正確に言えば下ではすやすやと眠る愛しのアラゴ・ハント。
アラゴの白い肌が、美しい銀髪が彼の加虐心と理性を刺激してやまず、またそれを制御しようとする人間としての良心が責め立てた。

「ああ‥刑事さん」

――いったい僕はどれくらい、あなたを想い続けなければいけないのでしょう?
十字架のようにナイフを掲げ、セスは苦笑する。
そんなことはいつだってやめることが出来たんだ。
だってあなたが僕を想ってくれないことはわかっているし、だからこそ僕はきっと間違った愛し方をしている。
傷付けて何になる。
嫌われて終わりじゃないか。
だけど、だけど、

「‥‥ごめんなさい」

消え入るような声で呟いた後、アラゴの引き締まった左腕にナイフを薄く入れた。
玉のようにプツプツと噴き出る血に、ん‥と小さくアラゴの声が漏れる。
でも、彼が目覚めることはない。
その為に投薬したし、何も苦痛に耐える顔を見たいわけじゃあないから。
‥‥ただ、血に染まる刑事さんが見たいだけ。

「綺麗だよ、刑事さん」

本当に‥あなたは皮肉なまでに綺麗な人。
このまま、この綺麗なあなたのまま時間が止まってしまえばいいとも思うけれど、その勇気が無いのが人間でも綺麗でもない僕だ。
僕は汚れている。
それを自覚してもあなたを想い、傷付ける。
だからせめて好きだなんて言いません。
優しくも出来ません。
そうすれば嫌いになってくれますか?‥‥なんてのは流石に都合が良ぎて、あまりにも自分勝手で、結局は何も言えないけれど。

「ごめんなさい」

セスはもう一度呟き、今度はアラゴの頬にナイフをスッと走らせた。
彼がこうやってアラゴの部屋に侵入し、歪んだ愛をぶつけるのはこれが初めてではない。‥‥ではないが、顔に触れるのはこれが最初で最後になるとセスは決めていた。
もうどうすることも出来ないのだ。
きっとこのままではいつかアラゴを殺してしまう。
それを避けるのがセスに残った最後の良心だった。

(さようならです刑事さん‥‥やっぱり心の中でしか言えないけれど、大好きです)


――後日、CID。
アラゴは大好物のチョコバーをくわえながら、幼なじみのリオと珍しく昔話に花を咲かせていた。

「それでね、あの時ユアンが‥‥って、あんたその顔どうしたのよ?」

リオの言葉にアラゴは首を傾げる。
自信があるわけではないが、顔のことをあれこれと言われるのは心外だ。
だが彼女が器量について言っているわけではないことは次の言葉で判明した。

「切り傷‥にしては不自然ね」
「切り傷だあ?」
「あら、気付いてなかったの?縦と横に一本ずつ、これじゃまるで十字架よ」

その時ふと、アラゴの頭の中にある少年の顔が浮かんだ。
いや、少年というには少し相応しくない。
彼はれっきとした魔人だ。
自分の持つ力を虎視眈々と狙う、人間ではない別の生き物。‥‥それにしては、欲望に忠実な辺りが酷く人間らしかったが。

(そういや最近あいつ見てねぇな‥‥)
(‥‥何か、面倒なことにならなけりゃいいけど‥‥)

――アラゴは知っていた。
彼が誰よりも自分を想っていてくれることを。
また、その想いに彼自身が苦しめられていることも。

「‥‥アラゴ?」
「ん、何でもねぇよ。ただ最近、セスの奴見ねぇなと思ってさ」
「言われてみればそうね‥‥なに、セス君のこと心配?」
「なっ‥!」

んなわけねぇだろ!
そう言おうとして立ち上がったところで、アラゴはハッとした。
そうだ、この態度がいけないのだ。
彼‥‥セスのような奴と分かり合うには自分から歩み寄らなくてはならない。

しかし残念ながら、アラゴがそれに気付くのは少しばかり遅過ぎた。

「‥‥いや、そうだな。あいつはまだガキだから、俺が見てなくちゃいけねぇよな」

まるで自分に言い聞かせるようにアラゴが吐き出した台詞は悲しき魔人に届くことはなく、ただ幼なじみの顔を不思議そうな表情に変えた。





優しい傷と


(‥‥だけど優し過ぎるあなたが、時々本当に憎い)






110213
アラセスではありません。捏造すみません。リオちゃんの口調がわかりません。へへっ(´∀`*)←


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