short

□愛という言葉
1ページ/1ページ



「愛してるという言葉を陳腐だと、君は思うかい?」

校舎のいちばん南側にある応接室。午後の暖かい日差しを浴びながら、雲雀は来客用のソファーに座る少年に問い掛けた。

「‥‥あー‥今は春だからな」
「答えになってないよ」
だが彼の期待していた答えを得ることは出来ず、それに今は春じゃないと続ける。

「僕は真面目に訊いてるんだ」

――雲雀と少年‥‥獄寺がこの応接室で話をするようになったのは、獄寺が並中に転入して1ヶ月余り経った後のことだ。
その1ヶ月間に何があったかと言えば、二人の間に特別な出来事は何一つ起こっていない。
‥‥いや、一つだけあるとすれば獄寺が異常なまでに崇拝する少年、沢田綱吉のこれまでには見られなかった強さが垣間見られるようになったことだろう。
普段は雲雀の嫌う草食動物だが時たま非凡なる沢田と、彼を心の底から慕う獄寺隼人。
むしろ興味をそそられていたのは沢田の方だ。
それが何故、今目の前に居るのが彼でなく獄寺なのか。
はっきり言って獄寺のことはどうでも良かったはずなのに。

「‥‥んなこと俺に訊いてどうすんだよ」
少し驚いた顔をした獄寺はややあって深く息を吐き、今日三本目の煙草を空き缶で揉み消した。
そして思い出したかのように紫煙が鼻を突く。

「別にどうもしないさ。ただ何となく訊いただけだよ」
「何となくで愛とか言うかあ?フツー」
「生憎僕は普通じゃないよ」
「そうかい」
「ああ。けど君は弱いから、疑心暗鬼になってるんじゃないかと思ってね」

その言葉に獄寺は顔をしかめたが、きっとこれは重要なことだ。
愛とか恋とか、確証の無い感情には関わらない方がいいとこれまでの雲雀は考えてきた。
だが沢田を――正確には沢田を想う獄寺を見ているうちに、それを信じたいと思っている自分に気付いてしまったのだ。
愛は陳腐だと、雲雀は思う。
また自分には必要の無いものだとも。
それでも時には縋り付きたいのが人間だ。
ちょっと悔しいけれど、こういう時に使うべき言葉も知っている。
それを頭に並べ、何度も推敲し、眼前の彼と見比べる。

(‥‥ああ、だから君なのか)
(獄寺隼人‥‥本当は問うまでもなく愛を信じて沢田に捧げる君だからこそ、僕は――)


「‥‥‥‥」
一方獄寺は何を答えていいかわからず、再び新しい煙草に火を付けた。
彼もまた、沢田ではなく雲雀と共に居ることに違和感を覚えている。
絶対的な存在の沢田。
彼を慕う自分。
彼じゃない雲雀。

雲雀の言う愛とやらの意味がわからないほど獄寺は子供ではない。
でもそれが良いことだとも思わない。
愛は陳腐なのか?‥‥なんて、卑怯な質問だ。
心の中で首を振り、やっぱり有り得ないと否定して、だけどそれよりも早く雲雀の中で答えが出てしまったことを獄寺は知らない。

「悲観するのは良くないよ、獄寺隼人」
というより、拒否権など初めから与えられていなかったのだ。
雲雀はさらにこう続けた。

「だって僕は‥僕が君に捧げる愛してるという言葉を信じてもらいたいから」
「‥‥雲雀、」
「二度と言わないけど、愛してる」

――それはとてつもなく陳腐な愛の言葉。
だけど精一杯の愛が詰まったそれは、獄寺だけではなく雲雀自身の鼓動をも速めていた。





愛という言葉


(つまり結局は僕も、君みたいな奴に溺れてしまう脆弱な人間なのさ)






110212


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ