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□芽生える。
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白石に初めてキスをされた時、ただ俺はこんなものかと落胆した。
当たり前だけどレモンの味なんかはしないし、ていうか本当は味なんて解らなくて、有るのは舌の持つ熱さと、それが歯肉を這った瞬間の妙な感覚だけだ。
これが結構気持ち悪い。
だからその時と同じシチュエーション‥‥誰も居なくなった部室で白石の顔が近付いてきた時、俺は思わず条件反射で後退った。

「謙也‥‥?」
当然良い顔をしない白石を、俺は一瞬だけ見て床を睨む。

「ちゃう‥ちゃうねん!」
「‥‥なんやねん急に」
「や、えと‥白石が嫌いとかやなくて、俺は、ただ‥」
「ただ?」

そうだ、俺は。
別に白石が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きなんだ、白石が思うよりもずっと。
だけどあの舌がまた俺の口の中で動くのかと思うとすごく怖い。
‥‥そもそも俺らは、こんな事をして良かったのか?
普段使わない脳みそをフル回転させたところで答えは遠い。
白石を納得させる為の言葉が出ない。
俺はまた一歩後ろに下がり、その瞬間を見逃すはずのない白石は俺の両肩を掴んだ。
好きなのに、好きだけじゃ伝わらないのは何故なんだ。

「俺とキスしたくないん?」

困ったように微笑む白石。
その言葉にバッと顔を上げ、涙ぐみながら見つめれば奴の口からは溜め息が零れる。自分の分かり易さが憎い。

「‥‥ごめんな」
「っ、おまえが謝ることやない!」
「いや、えぇねん謙也。早まった俺が悪い」
「白石‥」
白石はもう一度、今度はにっこりと笑って俺の頭を撫でた。

――でも、それ以上何かを言い返すことは出来ないけれど、白石の言っていることはお門違いだ。
時間なんて関係ない。
俺は本当に、あの舌を、一つの生き物のように動く肉塊を嫌う。
だってそうだろ。
あの瞬間は俺は俺でなくあの肉塊に支配されるのだから。

それから少し経って、俺の目から涙が引いてから二人で部室を後にした。
たとえ表面上は上手く繕ったとしても、きっともう白石に全てをさらけ出すことは出来ないだろう。
‥‥そんなことを思いながら校門を抜けた時、前方に一つの人影が見えた。
それはとてもよく知った人物だった。

「部長‥と、謙也さん」
「なんや財前。忘れもんか?」
「まあそんなとこッスわ。ちゅーか先輩らはデートっすか?ほんまキモイわあ」
「ちょ、勝手に決め付けて幻滅すんなや」
「はいはい」
「ほんまに聞いとんのか!?」

財前光。
一年後輩のダブルスパートナー。
白石を軽くあしらって通り過ぎようとする財前の腕を、気付いた時には既に掴んでいた。

「‥‥謙也さん?」

怪訝な顔をする財前。
財前と俺を見比べた白石の顔が曇る。

「あ‥‥いや、何でもない!」

俺はすぐに財前の腕を放して、すると彼は校門の中消えて行った。
残されたのは今日いちばん何を考えているかわからない恋人と、恋人じゃない後輩の熱を持った節操のない俺の左手だ。
この感覚を、俺は知らない。
だけど妙に心地良くて、もどかしくて、体中の血が騒ぐのがわかる。
例えば、そう‥‥何かを支配したくなるような――


「‥‥謙也おまえ、もしかして‥‥」

白石が言い掛けた台詞に心当たりのあった俺は、彼がそうだったようににっこりと笑った。





芽生える。


(ああ、この感情の名は――)






110210
蔵謙→財前ではありません。加虐主義な謙也さんです。


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