過去log

□幸福論
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クリスマスを憂鬱に感じるのはリアルが充実していない証拠だ、という書き込みを財前がネットで見たのが二日前のことである。
特に目的があってクリックを繰り返していたわけじゃない。
それはただ、彼にとって呼吸するのと等しいくらい自然な行為に値していた。
それだけのことなのだ。
第一自分はクリスチャンじゃないし、なんて言い訳をするまでもなくただ、当たり前のこと。

(‥‥あーあ、それにしても日本人っちゅうのはどうして、アホみたいに騒ぐんやろか‥)

そしてクリスマス当日となった今夜、財前は“アホみたいに騒ぐ”先輩達を横目に盛大に溜め息を吐いていた。
憂鬱‥‥なのだろうか、自分は。
はいそうです、なんて即答できるほど落ち込んでもいないけれど、だからと言って大した幸福を感じた記憶も無い。

「謙也さんは‥‥良いっすね、毎日が楽しそうで」
「えー?何やの藪から棒に」
「別に。てかその笑顔キショイっすわあ」
「ちょ、それ先輩に言うこと違うっ」
「先輩?誰が?」

財前がフッと鼻で笑えば涙ぐむ謙也。
例えばこの先輩に、何を言っても許される感じを幸福感というのなら安いもんだ。
でもそれだけじゃあ全てが満たされないことを知っているから、今日のような日には何かが足りない気がしてしまう。
それは、ああ、何だっけ?
‥‥その答えが見つからない自分は、やっぱりリアルが充実していないに違いない。
もう一度溜め息を吐くと、既に後輩に暴言を吐かれたことを忘れている謙也は不思議そうな顔をする。
視界の隅では白石がクリスマスケーキを切り分けていた。

「光は、楽しくないん?」
刹那、財前の肩が微かに揺れる。

「‥‥何で訊くんスか、そんなこと」
「やって光、元気ないから。今日はクリスマスやでぇ?」
「俺クリスチャンちゃうし」
「でもめでたいやん」
「‥‥はぁ。これやから日本人は‥‥」

嫌いだ。
最後の台詞は飲み込んで、そうしたら何故か涙が出てきて辟易した。

確かに今の自分は幸福とは程遠い。
けれど今日という日に限って憂鬱を感じてしまうのはそれだけクリスマスに期待していた反動であって、同時に自分がその日本人であることを思い知らされる証拠でもあるのだ。
‥‥ならば、初めから期待しなければ良いのにと思う自分もいるけれど。

(‥‥そうや。全ては謙也さん、あんたの所為やと)
(独り善がりに終わるんか)


「ひ、光‥?」
「謙也さんなんて、俺だけ見てればええのに」

グサッと効果音付きでケーキを刺しても周りの空気は変わらない。
けれど財前には気付いてしまったことがある。
自分は、祝いたかったのだ。大好きな謙也と二人で今年のクリスマスを。
それが成り行きとは言えテニス部のみんなで祝うことになって、解ってはいたことだけど謙也の視線の先には白石がいる。
憂鬱だ、これが憂鬱なのか。
せめてこの気持ちに気付かなければマシだったかもしれない‥‥そんな後悔も今では遅かった。

「‥‥あーあ、悔しいっすわあ。俺があんたを好きだなんて、とんだお笑い草やないスか」

高すぎるプライドにはささやかな自虐を、財前はいつもの口調でせせら笑う。
涙が枯れる気配はない。
それでも止めなくてはならない。

――だって今、あなたの手は俺に触れてくれないから。
(縋ることは出来へんし、これからもそれは無理やわ)


「‥‥光、俺は‥」
「その先言うたら怒りますよ。なんや、もう‥‥面倒くさい」
「え‥えぇぇ!?」
「ちょおうるさいっすわ。鼓膜破れるやろ」
「んなこと言うたって‥!」

まだ何か言いそうな謙也を軽くあしらい、財前は手を振って彼のそばを離れた。

例えばこの場を上手くやり過ごせるように、恋心をも捨ててしまえれば幸せだ。





幸福論


(まあきっとそれは無理やから、こんなに胸が痛むんやろな)






‐Fin‐
101224


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