過去log

□少年達のアンチテーゼ
1ページ/1ページ



「‥‥有り得ない」

誰も居なくなった放課後の教室で、千石は机に突っ伏してぼそりと呟いた。有り得ない。
それが何かと言えば、今日が自分の誕生日で、にもかかわらず誰からも祝ってもらえなかったという哀れな現実に由来する。
――11月25日。確かに朝のニュース番組の占いでは、綺麗なお姉さんが射手座はラッキーデー!とか何とか言っていたはずなのだ。

それなのに、あぁそれなのに。
この仕打ちは一体何なのか、と千石は大きく溜め息を吐いた。自分は爽やかイケメンな学園のアイドル(自称)であって、本来は学校中の女の子がプレゼントを渡す為に列を作ってくれてもいいはずなのだ。‥‥まぁ、漫画の世界の話だとはわかってるけど。


「あっ!千石先輩こんな所にいたです!」

それから暫くして、不意に聞こえてきたのはテニス部の後輩、壇の可愛らしい声だった。

「先輩、みんな先輩のこと探してるですよ!どうして練習見に来てくれないですか?」
「だーって今日は良いことないしぃ‥今から行くのは面倒だよ」
「でも、せっかく南先輩が‥」
「南が?」

ハッとして口を抑える壇。
普段なら感の良い千石は、ここで壇の言わんとしたことに必ず気付いたことだろう。
だけど体は怠いし、何かを考えるのは億劫だ。少し逡巡してみるも南先輩が‥の次に続くフレーズは浮かんできそうにない。

「‥‥そんなことより、亜久津のところに行った方がいいんじゃない?」

だから千石は話を逸らして、だけどまぁこれはこれで面白い話だ、と密かに思った。
この可愛い後輩は、こっちが恥ずかしくなるくらい亜久津仁に熱を上げている。現に今も壇の顔は真っ赤に染まり、男色であることはさて置き完全に恋する乙女と化している。

「せ、千石先輩‥っ!」
「はは、可愛いねぇ。俺も壇君みたいな可愛い子に想われたいよ」
「なっ‥先輩だって南先輩に好かれてるじゃないですか!!」
「‥‥え?」
「ハッ‥!」


――デジャヴだ。完全なるデジャヴだ。

流石の千石も、今の台詞だけは聞き逃すことは出来ない。
思わず壇の顔を凝視すれば、まるで脱兎の如く教室から飛び出してしまった。
‥‥さて、今のはどう解釈したら良いのだろうか。ストレートに訳せば南は自分のことが好き‥ということになるのだが、テニス部は男色が流行していると思われるのは如何なモンである。
まあ、だからと言って、嫌いなわけじゃないけれど、むしろ好きなんだけど、いっそ愛してるけど‥‥

「‥‥いや、でも俺の誕生日忘れてるし‥‥」
「誰もそんなこと言ってないぞ」
「!みっ南‥」

今度は千石がハッとする番だった。
教室の入り口には南健太郎、その人がいつの間にか立っている。流石地味'sだ!なんて感心してる場合じゃないけれど、やっぱり少し感心した。

「ちょっと遅くなったけど、誕生日おめでとう」

南がはにかみながら何かを差し出す。薄っぺらい紙のようだ。


「‥‥何だいコレは」
「ん?俺の切手全集ベスト版からより抜いた1ページだよ。ちなみに右上の奴は千石が生まれた年の奴ね」
「‥‥‥あ、そうなの」
「本当は朝いちばんに渡したかったんだけどさ、どうせ他の奴らからいっぱいプレゼント貰っちゃうだろ?それが嫌で誰もおまえに近付かないよう今日ずっと裏で色々動いてたんだ」

ちなみに方法は企業秘密な!

――と目を輝かせる南を見て千石は別に要らないと思ったが、自分の為にそんな努力をしてくれたのかと思うと頬が緩む。
できれば今すぐ抱きしめて、キスをして、あわよくばぐちゃぐちゃに融けるまで愛してしまいたい。


‥‥という千石の邪念が通じたのか、南はやや後退り、だけど既に彼の腰は千石によってがっしりと掴まれていた。

「切手も嬉しいけど、やっぱり俺は南が欲しいな!」


とても漫画的でありきたりな台詞を吐いた千石に、南が心底“有り得ない”と思ったのはまた別の話である。





少年達のアンチテーゼ


(だけどいつかは溶け合って、)
(二つの心がひとつになるんだ)







‐Fin‐
101125


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ