過去log

□And,I love you.
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すっかり冷えた指先を見つめて、僕は溜め息を吐いた。
今年の冬は冷えるとテレビでお天気お姉さんが話していたけれど、どうやらそれは間違いじゃなさそうだ。暑い、熱い夏を乗り越えて秋、いや‥もう晩秋か。

僕は今、寮への家路を急ぐわけでもなくただぼんやりとしながら辿っている。
右手にはさっきコンビニで買ったショートケーキが2つ。左手にある携帯のサブディスプレイは、11月20日の文字が映し出されていた。

(元気にしてるかな、亮‥)

今日は朝からずっと、そんなことばかりを考えている。
思えば去年の11月20日も僕はコンビニで二人分のケーキを買い、寮の部屋でひとり寂しくそれをつついていたような気がする。だって、僕の誕生日なんてわざわざあいつらを呼んで祝うことでもないし。
ま、これが観月や裕太なら別なんだろうけど。

まぁつまり、今この瞬間に孤独を感じていることは必然的なことなのだ。
本当は誰よりも亮に会いたいし、あいつらにも祝って欲しい。

だけど‥ああ、これ以上考えるのはやめよう。
そうこうしているうちに寮に付き、誰にもすれ違うことなく部屋に辿り着いた。


「あっ、木更津先輩どこか行ってたんすか?」
「うん。ちょっとそこまでね」

僕のルームメイトは裕太だ。
裕太は宿題に格闘していたようで、僕はその瞬間しまった、と思った。
何を隠そう彼は部内一の甘党である。去年の誕生日はたまたま実家に帰っていたから良かったものの、この状況で一人だけ食べるわけにはいかないだろう。
それより何より、ブツは2つあるのだ。

「あー!先輩それケーキですか?ケーキですよね!?」

‥‥なんて、悠長に考えてる場合じゃなかったな。
裕太は目ざとくビニール袋に気付き、明らかに期待するような視線を送ってきた。彼が犬だったら尻尾を振っているに違いない。

「ああ‥2つあるから一緒に食べようか」
「いいんすか!?」
「そんな目で見られちゃ断れないだろ」
「えっ、いや、別に催促したわけじゃ‥」
「クスクス、気にしなくていいよ」

結局僕は戸棚からお皿を二枚取り出し、ご丁寧に紅茶(砂糖たっぷりの裕太仕様)までいれるという良き先輩ぶりを発揮してしまった。
コンビニデザートなだけあってチープ感は否めないけれど、口に放り込んだ瞬間にはそんなことは忘れていた。
これはこれで美味しい。‥が、そんなことで払拭できる程の軽い痛みではないことも事実で。

ふと裕太の方を見ると、彼はとても幸せそうな表情でケーキを頬張っていた。

「ん?俺の顔になんか付いてますか?」

僕の視線が気になったのか、裕太は一瞬だけ手を止めた。

「いや、美味しそうに食べるんだなと思ってね」
「だって本当に美味しいんですもん!」
「‥‥なんか今なら観月の気持ちがわかる気がする」
「え?」
「クスクス、何でもないよ」

仮に僕も裕太みたいに、美味しいものを美味しいと‥‥好きなら好きだとはっきり言えたのなら、どれだけ良かっただろうか。
たった一言でいいのだ。
亮に好きだ、と。そんな簡単なことが、どうして僕には‥‥

「木更津先輩‥‥?」

気が付いたら、僕は涙を流していた。
後輩の前で泣くなんて情けないにも程がある。
だけど、僕には溢れ出す感情を止める術はわからなかった。
‥‥好き、誰よりも、おまえに会いたい――
僕は静かに口を開く。

「‥‥本当はね。このケーキ、亮の‥双子の兄さんの為に買ったんだ。誕生日なんだよ、今日は俺達の」
「え‥すみません俺――」
「いや、ケーキのことはどうでもいいんだ。どっちみち一人で食べる予定だったしさ。‥ただ、自分が情けなくてね‥‥」
「‥‥先輩、」
「だけど、裕太を見ててわかったよ。言えば良かったんだ。それだけのことだった」

僕の言葉に裕太は首を傾げた。
どこまでの純粋な子だ。だけど勿論彼を見守るのは僕の役目じゃないから、涙を拭いていつものようにクスクスと笑う。

そう、全ては僕に一歩踏み出す勇気がなかっただけの話なのだ。
去年も今年もあいつらに祝ってもらえなかったのは単に誕生日を教えていないだけで、孤独感を抱くのは自分勝手に過ぎない。


僕は最後の一口を、少し温くなった紅茶で流し込んだ。甘い。やっぱり裕太仕様は合わないな、なんて思いながらポケットから携帯を取り出す。
裕太はまだ考えて込んでるようだった。


「もしもし亮?誕生日おめでとう。それとね――好きだよ」

ああ、次に会える時が楽しみだ。





And,I love you.


(プレゼントはおまえ自身を‥‥なんて、それはまだ早いか)






‐Fin‐
101120


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