過去log

□A necessary evil
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昔、何かの本で読んだことがある。拷問する際に初めにどこを傷付ければいいのか、と。
主人公の男の子は決して狂ってなんかいなかった。変わってしまったのは男の子の親友だった子だ。
彼は子供とは思えない醜悪な笑みを浮かべ、こう答えた。――まずはマブタを剥ぎ取らなきゃ、俺のやることが見えねぇよなァ?


「それで、主人公はどうなったんだよ?やられちまったのか?」

日吉の話を聞きながら向日は小首を傾げた。
外は既に日が落ちていて、この小屋から出る行為は即ち死に直結するだろう。それは二人が行動を共にして初めての晩――もとい非道極まりないゲームが始まってからから二度目の夜のことだった。

「まさか。その本っていうのが確か児童向けだったんで、結局はハッピーエンドで終わってたと思いますよ」
「児童向け?それにしちゃあ‥」
「残酷‥とでも?」

日吉は目を伏せ、フンと鼻を鳴らす。
今夜ここに辿り着くまで、日吉は既に三人の人間を殺めていた。
別に殺したくて殺したかったわけじゃあない。どちらかと言えば正当防衛に当たるし、何より人間の肉の、赤黒い血の独特な匂いが消えてくれないのだ。
必要に迫られてやったこと。
その一言で済めば簡単だけれども、恐ろしいのは追い詰められればチームメイトでさえも殺せることが判明した事実にある。
つまり、人は誰もがあの主人公の親友のようになり得るのだ。
それは悲しいことだけど、一方で窮地の状況でも平静を保てることの方が異常だと日吉は思った。――例えば‥‥そう、今の自分のように。

「俺はね、向日さん。残酷なのはむしろ主人公の方だと思うんですよ。だってそうじゃないですか。彼も非道な人間に成り下がれば、親友だった子も傷付かずに済んだはずなんだ」


日吉の脳裏に浮かんだのはタイトルも忘れてしまった本の結末ではなく、彼の最初の犠牲者――ゲーム全体を考えれば日吉もまた国家の犠牲者であるが、自らの手を汚した以上その人間は犠牲者だ――である宍戸亮の最期だった。
宍戸は、向日の幼なじみでありまたかつての恋人である。
だから自分が誰かに狙われるようなことがあればそれは十中八九宍戸で間違いないと思っていたし、実際宍戸の肩にはボーガンらしき物が担がれていた。

『俺が邪魔ですか、宍戸さん』

日吉はもとより生への執着がない。
その証拠に支給された武器をまだ一度たりとも手にしていなかった。

『あぁ、邪魔だな』
『俺を殺しますか?』
『‥‥おまえ、怖くねぇのか?』
『全然。怖いのは‥そうですね、あなたに向日さんを取られることくらい‥‥』

そこで日吉はハッとする。――今ここで自分が死ねば、それが現実になるのではないか?
そんな馬鹿な話はない。好きな人間の為に殺し合うなどあっていいわけがないのだ。
だが、残念ながら自分の人生にハッピーエンドの確信は無い。
加えてこのゲームが始まる直前、宍戸だけは殺さないでくれと懇願していた向日の姿を思い出せば答えは初めから決まっていた。
日吉の武器はボーガンよりも速い最新鋭の拳銃だった。


「やっぱりわからねぇなあ。本なんて全く読まないし」

向日はまだ最愛だった人の死を知らない。
本当に解らないという顔をする向日に、日吉は何の前触れもなく噛み付くようなキスをした。

「‥‥っはぁ‥ひ、よし‥?」
「解らなくて良いですよ、もう手遅れなんですから」
「‥え、それ、どういう――」

向日が最後まで疑問を口にする前に、鮮血が二人の間を舞った。
日吉は口元を歪め厭らしい笑みを浮かべる。
首の皮を切られたのだと気付いたのは、日吉が落ちた血を指で掬って舐めた時だ。

「向日さんが悪いんですよ。あなたがあの人を守ろうとするから‥‥俺と付き合ってるくせにあんな事言うから、俺も悪人にならなきゃいけないんです」

ナイフに映し出された日吉は一転して、至極悲しそうな顔をする。

――あの本の結末は、やっぱりよく思い出せない。
それでも今の日吉にはどうして主人公と親友だった少年が仲違いしてしまったのか‥‥いや、拷問をしようとするまでに至ったのかがはっきりとわかる。
何故なら宍戸を殺してしまった瞬間から、日吉は少年で、少年は日吉だったからだ。
自分がどんなに非道になろうとも、彼だけは愛してくれるという確証が欲しい‥‥そんな子供じみた感情だけが、あの本が児童書である由縁なのかもしれない。

「よく見てて下さいね、向日さん。俺が今からやることをあなたもやらなきゃいけないんですから。‥‥あぁ、それにはマブタを剥ぎ取らなきゃいけないのか?」

真剣に悩む日吉を見て向日は開いた口が塞がらなかったが、次の言葉を聞いて彼は考えることを止めた。

「――いや、違う。まずは向日さんに俺の首を切ってもらわなきゃ。‥ねぇ、そうでしょう?」

ただし頸動脈は止めて下さいね、といつもの微笑を浮かべる日吉。
二人にとってのゲームはこれからが本番だった。





A necessary evil


(あの人じゃなくて俺を好きだと言うのなら、このナイフで証明してよ)






‐Fin‐
101207


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