過去log

□狂い花と散る
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瞼越しにある蛍光灯の眩しさを感じて、俺は目を覚ました。
それと同時に口の中に鉄の味が広がり味覚が正常であることが確認出来る。腕、足、腹、背中などの神経も問題ない。酷い痛みだ。

「‥‥跡部」

更に言えば声帯も無事だったので、俺はすぐ近くに居るであろう彼の名前を呼んだ。
起き上がる必要はないし、ていうか出来ないんだけど、出来たとしてもどうせまた倒されるんだから体勢はそのままで。それは、今が朝だったら良かったのにという机上の空論と同じことだ。
夜の跡部は完全に狂っている。


「おう、起きたのか。‥‥調子はどうだ?」
「すこぶる順調だよ」
「そうか」

跡部はそう言うと、まだ中身の残っているマグカップで俺の額を強打した。中身は少し冷めたブラックコーヒーだった。

「ククッ‥どうだ慈郎、痛いだろう?」

歪んだ顔で跡部は笑う。
俺は吐き気がした。調子が良いというのは本来健康な状態を指しているのであって、間違っても折檻に耐えられる体の話じゃない。
にもかかわらず、彼の意図を読んで応えている自分が嫌で嫌で仕方がないんだ。
幸いマグカップが高級な陶器製で、額が割れずに済んだのが唯一の救いなのかもしれない。

俺がやっとの思いで首を縦に振ると、跡部は俺の体を起こして貪るようにキスをした。
血の味がする口付けを交わすのはこれで何度目だろう。


「慈郎‥愛してる」
「うん、わかってる」
「好きで好きで、どうしようもねぇんだ」
「ああ‥‥俺もだよ」

俺も、跡部を、愛してる。

俺は跡部の体を抱きしめたかったけれど、既にそんな力がないことは重々承知していた。
それでも‥‥何度殴られても、俺は跡部が好きなのだ。
彼はそれを知らない。――気がふれているのはきっと俺の方で、彼が思うよりも完璧に壊してしまいたいと思っていることも。

それからまた殴られて、キスをされて、おもいっきり蹴られて、最終的には脚を開かされた。
そういった折檻、或いは強姦の間に考えていることは、彼の美しい顔が恐怖に歪んでゆく様だけだ。俺にしたことをそっくりそのまま返されて、わけが解らぬまま調教される姿は滑稽に違いない。
俺は心の中で静かに笑った。機は熟していた。


「‥‥ねぇ、跡部」

それと今夜はもう、これでお終いなんだろう。俺の体はいつの間にかベッドに運ばれている。
無論懐かしの我が家ではなく、跡部家の地下室にあるベッドに、だけど。

「あン?」

けど、今となってはそれも好都合だ。
跡部が学校に行っている間に、俺はこの古ぼけた地下室からあるモノを見つけてしまったから。

泣き叫んで命乞いをしても許さない。絶対に赦さない。――俺が見たいのは、喜んで跪くおまえの姿なんだよ。


「‥‥ごめんね、でも、愛してる」

キラリと光ったのは錆び付いた銀色のナイフと俺の涙だった。
きっと、本当の狂気はこうして生まれるんだと思う。何かの終わりが全ての始まり。俺は、この瞬間の為に耐えていたに過ぎない。

跡部は予想通りに驚いた顔して、俺は手始めに彼の眼球を抉ることに決めた。





い花と散る


(あいしてる、あいしてるから、俺を想って啼いてみせてよ)






‐Fin‐
101125


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