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□恋路の迷い子
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「別に、何てことはない。ただおまえのことが心配でな」

去年とは打って変わって閑散としたコートに彼の声が響いたのは、雑務をこなす1年生をぼんやりと眺めていた時だった。
日は、既に落ちている。持て余したラケットは右手から数センチ離れていた。

「‥‥とか言って、新入生のデータ集めっスか?」
「そんな事をして何になる。赤也、俺は高校生なのだぞ」
「わーってますよ」

切原は舌打ちをしてそのまま上体を倒した。
――わかっている。柳蓮二がもう高校生で、自分には手の届かない場所に行ってしまったことなど痛いほどわかっているのだ。
寂しいだのと甘い戯れ言と言っている場合ではない。
全ては全国制覇の為。だけど視界に映る空は、酷く濁っている。

「‥‥俺はね、柳先輩」

不意に蘇るは闘志を燃やしたあの頃の自分。
柳は静かに腰をおろした。

「ただ、また先輩達とテニスがやりたいだけなんスよ。前みたいに、みんなで」
「‥‥赤也、」
「ははっ、部長がこんなこと言ってたらあいつらに笑われちゃいますよねぇ。‥でも、俺‥っ」

あなたと一緒に――

最後の言葉が嗚咽と共に空に呑み込まれていく。
その時、切原は右手に違和感を感じた。――温かい感触に使い慣れたグリップ。
柳がにっこりと笑った。

「案ずるな赤也、俺はどこにも行かない」


柳の言葉に、切原はまるで幼子のように泣きじゃくった。
そんな彼を柳もまたしっかりど抱きしめて背中をさする。――こんなに可愛いおまえを放っておけるわけがない。おまえが俺を求めてくれる限り、俺もおまえに精一杯の愛を捧げよう――。

コートの中では1年生がそれを不思議そうに眺めていた。





恋路の迷い子


(愛は時間を止めて、もう前には進ませない)






‐Fin‐
101111


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