ずっしりとのしかかる何か。気配にはとっくに気づいていた。だが気のせいだと思った。思いたかった。そうだといいなと期待した。だがやはり気のせいでは無いようだった。
「イルミさま!」
イルミが重い瞼を開けると、自分の上に馬乗りになる女が目に入った。その女はイルミの母・キキョウが用意したのであろう洋服でばっちりドレスアップをしていた。またか。イルミは微かに頭が痛んだ。
「やだ、イルミさまったらナナコに見とれていらっしゃるんですか?」
「うん。だからどいて」
ここ最近これが毎日続いているため、イルミも大分扱いが慣れてきた。しかしいつも予想外の行動をするのが彼女である。じたばたと悶えた女は、起き上がったイルミを再びベッドに沈めたのだ。
「いい加減にご自分の気持ちに素直になったらいかがですか?惚れているのでしょう、ナナコに」
「殺すよ」
「いやん愛してますイルミさまっ」
容赦無く投げられる鋲。至近距離では無理だと考えたらしい彼女は少しだけ距離をとって最小限の動きで避ける。イルミは珍しく舌打ちしたくなった。
「お前何なの」
「えっ?ナナコはイルミさまのお嫁さんですよ。お義母様も認めて下さってるじゃないですか」
自分の言葉に頬を染めた女はイルミに抱き着く。無表情だがその分オーラに不機嫌さを表現したイルミ。彼女はまるで気にしない。
「毎日毎日、ノイローゼになりそうだよオレは」
再び距離を取った女は楽々と攻撃を避けながら満面の笑みを浮かべた。
「ご安心を、ナナコが看病いたします」
「勘弁して。ていうか何でそんなにオレに執着するの、うざいんだけど」
「イルミさまは覚えていらっしゃらないのですか!?」
女は涙を溜めて大きく目を見開いた。それはイルミに匹敵する程だ。
「ナナコはイルミさまに命を救われたあの日感じたのです。この方こそにナナコの運命の方だと!」
「何それ。知らないよ」
「イルミさまは照れ屋なのですね。思い出くらいご一緒に語りたいです」
一度に投げる鋲が多くなった。避けきれなくなった女は何本かの鋲を掴んだ。刃先には毒が盛ってあるが、耐性がある彼女には効かない。
「これで鋲は全て無くなりましたね。ナナコの勝ちです。またゴトーに壁紙の張替をお願いしないと」
ここのところ毎日ゾルディックの執事は壁紙を張り替えていた。そのためもはやプロ以上に上手くなってしまった。
再び抱き着いた彼女に、イルミは抵抗をしなくなった。面倒臭くなったのだ。イルミが本気で殺る気になれば殺れるだろうが、面倒臭い気持ちが勝(まさ)った。
「ああ、それで、イルミさまとナナコの熱い出会いの話でしたね。そう、あれは寒い冬の出来事でした――」