□愛はケーキに勝つ!
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「甘いな」


少年の好みに合わせられただけはある強烈な甘さのクリームを指につけて口に含んだしかめっ面の彼は、目の前で幸せそうに笑う弟を見て、つい口元を綻ばせた。



今日はビーの誕生日だ。



なかなか家に帰ってこれないエーも、さすがに今日は終わりの見えない仕事を切り上げて帰宅した。

業務所では与えられた仕事をイエスマンのごとく受け入れるエーだが、私生活となるとビーのおねだりをそう簡単には聞かなかった。

雷影の息子という立場にいるエーだが、忍の世界は生まれでどうにかなるほど甘くはない。完全な実力主義の下に成り立っている雲隠れの里で、それでもエーは確固たる地位を築き上げた。
体一つで雷影にまで上り詰めた偉大な父親は、どうしても外せない会議に不機嫌丸出しで参加している。

彼は弟思いのエーから見ても相当の過保護で、自分よりエーの方がビーと接触するのが気に入らないと拗ねた程だ。立場からして三代目の方が時間がとれないのだから当たり前のことだが、目に隈を携え、死にかけのかすれ声で言われればさすがのエーも真顔で冷や汗の量に驚きつつ一言謝る他なかった。

ともかく、それほど多忙を極めている二人ですら、貰える給料はそこまで多くない。
戦争により枯れていく国の資金。最初に減俸されるのはもちろん、雷影達のような高給取りだった。
元々暮らしていけるだけの金があればいいという精神の二人は、時に自腹でボーナスを出したりもした。
ただ加減を知らない大名は三代目の顔面を思わずひきつらせるほど、給料をカットした。
それでも蓄えはあったので食っていけたが 、ビーと一緒に暮らすようになってからは途端にやりくりがうまくいかなくなった。
何というか、甘やかし過ぎたのだ。
ビーの好きなものを好きなだけ与えていた時期を思い出し、エーは苦渋の顔をする。
自分の弟が見つかったことで有頂天になり、しかもその熱は長引いた。物を贈ることが最大の愛情表現だと思っていたのだ。
ビーが高い贈り物を好まないとわかってからは、言葉や手紙を贈るようにしている。
今日は手紙がケーキとなった。例え甘すぎて食えないようなケーキでもビーにとっては最高の誕生日プレゼントだったようで、それは喜んだ。
その喜びには誕生日に兄が家に帰ってくるという感動も混ざっていて、エーは大喜びの弟に顔が緩みっぱなしだった。

実はエーも今日は父と同じ抜けられない会議の予定が入るはずだったのだが昨年、三代目とエーに雷の国全体の問題となる会議を入れたところ、ビーに一人で誕生日を過ごさせてしまうという事態になった。
仕事に私情を持ち込まない二人がその時は凄まじく不機嫌で、目どころか醸し出す空気だけで人を殺せそうな勢いだった。
大名や上層部の人間に喧嘩腰で接する三代目を見た時など、側近は卒倒しかけた。

同じ過ちを犯さぬよう、上忍達は何とかスケジュールに空きを作りエーを無事早退させた。どう足掻いても仕事をすることになった三代目の対応には腹をくくって挑むつもりだ。そんな覚悟は露知らず、三代目は今年も不機嫌である。


「ハッピーバースデー、ビー。もう7歳か」
「ちゃんと歳覚えててくれたのか、ありがとうブラザー」
「当たり前だろう。弟の歳を忘れるものか」


ケーキにがっついているビーの口元を拭いながら、エーは少し自慢げな顔をした。ビーはその顔に何だか少し腹がたち、スポンジの部分とクリームの部分が4:6という恐ろしい物をエーの口に突っ込んだ。父親と同じく甘いものをあまり好まないエーは数秒硬直すると、自身の口の中に入っているものが何なのか理解して青ざめる。

吐き出すでもなく食べるでもなく、エーの口はケーキを留まらせていた。

一方のビーは、まさかそこまで拒絶反応を起こされるとは思ってもみなかったので、めったに見ない兄のフリーズ姿に若干混乱してしまった。


「ごめん、ブラザー」


ビーがバツの悪そうな顔をして謝るので、意識を飛ばしていたエーは咄嗟に水に手を伸ばし、ケーキを禄に噛まずに胃に流し込んだ。

水とケーキという最悪の組み合わせを実行した自分を殴りたくなったエーだが、それよりもビーに笑顔を取り戻させたかった。
激甘のケーキがなんだ、ビーの笑顔に比べれば砂糖一杯分の破壊力もない、と自分を叱咤した。


「ブラザー顔色やばいぜ。あと笑うと怖い」


だが思っていたよりもビーの反応が冷静で、腹の中で氾濫を起こす甘味と無味の壮絶な戦いにエーは泣きたくなった。

情けなく八の字になったエーの眉を見て、ビーが思わず吹き出した。


「馬鹿だなぁ、ブラザー。ちゃんとわかってるよ。オレのために無理に食べてくれたんだろ?サンキュー」
「違う!」


罪悪感丸出しの顔をされて、エーが黙っていられるはずもなかった。
吃驚しているビーの手からフォークを奪い取り、一口大のケーキをもう一度口に放り込む。


「ばっ…!何やってんだよブラザー!甘いもの嫌いなのに無理すんなよ!」
「うまい!!」


今日は兄に驚かされっぱなしのビーが、またも硬直した。
うまいはずがない。一口であんなになっていたのに、更に大きな塊を食って、うまいと感じているはずがない。
その証拠にエーの額には汗の粒が浮かんでいる。

兄のしたいことがとうとうわからなくなったビーは疑問符を並べた顔をした。

それでもエーは言った。


「うまい」
「ウソつけブラザー。うまいはずないだろ」
「お前が笑顔で食ってた、お前が生まれた日の特別な、お前の食いもんだ。それをオレが食ってうまくないと感じる訳がない。お前が祝われて嬉しいと思っているように、オレもお前が生まれて嬉しいと思ってるからだ!」
「…」
「オレの愛が馬鹿みたいに甘いケーキに負けるはずがないだろう!」
「愛はケーキに勝つ?」
「当たり前だ!」
「ダディからのプレゼントは?」
「オレより凄まじい事を書いてるこの手紙だ!読むには覚悟が必要だぞ」
「ありがとう、大好きだ」


ビーはぷるぷると手を震わせているエーから渡された恐ろしい厚さの手紙を抱き締めて、左隣の兄に抱きついた。


「愛があればダディの手紙くらい何てことねぇ!」


これが最もビーの記憶に焼き付いている誕生日の中で最も幸せで訳の分からなかった7歳の誕生日の出来事だった。




end


 
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