□ヒーロー!!
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ヒーローというのは、カッコよくて強くて優しくて、皆を助ける人のことだ。

と、普通の子供はこう考えるだろう。
しかしこの雲隠れでは、ヒーローと言えばはちゃめちゃでふざけていて、里の長である兄と不毛な喧嘩をする、ラップ好きの男のことである。






ヒーロー!!






珍しくビーが雲雷峡からの遠出の許可が出た日のこと。
許可が下りたと言っても趣味はラップの男であるから、外に出ても辿り着くのは結局里の中心部、雷影達の働く業務所がある街だった。

たまにそうしてふらりと現れるビーに民衆は慣れたもので、気軽に挨拶をして通り過ぎていく。中には握手を求めるアカデミーに入ったばかりの少年もいて、久しぶりに人と接するビーを喜ばせた。

ほくほくした気持ちでビーが往来を歩いていると、寒い季節になると必ず営業を開始する愛想のない中年の男が焼く焼き芋屋を見つけた。
男の本業は大工だが、冬になると雲隠れには大雪が振り仕事にならない。
だから春になるまでの間、焼き芋を売ってのんびりと暮らすのだ。


「おっちゃん、一つくれ!」
「…はいよ」


タバコを銜えたまま焼き芋を包む男は、もう何十年もここでこの店をやっている。
最初こそ評判の悪かったものの、実は男がただの口下手だとわかってからは大人気の店だ。


「ん。三百円」
「おー。……ん?おっちゃん、焼き芋二つ入ってるぜ」
「おまけだ。あんたを見るのは久しぶりだからな。修行のねぎらいだとでも思いな」
「おおおおー、サンキューだぜおっちゃん!」
「ふん」


焼き芋を貰ったビーが男の方を振り向いてぶんぶんと手を振って礼を述べれば、男もまた手を静かに振る。こういう優しさも持ち合わせている、いい男なのである。





「あち、あちち」


今さっきまで焼いていた熱い焼き芋を頬張りながら、ビーは更に街の中を進んだ。
すると大きな通りを少し外れた細い道を巡回している中忍の青年が二人いた。
寒そうに手を擦り合わせ、歯を鳴らしているのを見てビーは無言で二人に近寄った。

ビーに気付いた二人は別段驚くでもなく、パッと顔をあげてにこやかに笑った。


「あ、ビー様。こんにちは」
「お久しぶりですねぇ、こんにちは」
「おー」


寒さでひきつっている顔に素直に吹き出してからビーは手に持っていた紙袋を一人に投げ渡した。
慌ててキャッチした男が首を捻ると、ビーはニヤリと笑った。


「二人で食え。一本はオレがもう食っちまってるから二人で一本だな。わりぃ」
「いえいえ!滅相もない!」
「ありがとうございますビー様!」


「ん」、とだけ返してその場を後にすると、後ろから「あったけー」、「うまいなー」という声が聞こえてきてビーは満足そうに笑んだ。







===== 







「街にいたのか」
「おう」
「何かあったか?」
「いんや、いつも通り」
「そうか、それはいい」


休憩中の雷影は時折湯呑みに手を伸ばし、茶を啜りながらビーと他愛無い会話をしていた。
大き目の湯呑みも手の大きな雷影が持つと小ぶりに見えてしまう。

ビーは雷影の飲んでいる茶がいかに苦いものかをよく知っているので、雷影が茶を飲むたびに
「うえー」と舌を出して苦そうな顔をした。

そんなビーの飲み物はもっぱらジュースである。


「ブラザー、おかわり」
「もうない。他の味はあるが」
「じゃあオレンジジュース」


食器を投げるな、とビーの行動を先読みして怒鳴った雷影だったが、普段から怒鳴られ慣れているビーは身を怯ませることもなくコップを雷影に向かってひょいっと投げた。


「ごめんごめん」
「まったく…!」


文句を言いながらも雷影は執務室に備え付けられている冷蔵庫の中からオレンジジュースを取り出してそれをコップに注いでいく。
自分が頼んだとは言え、雷影がオレンジジュースを注ぐというあまりの似合わなさにビーは苦笑した。

なんだかそれがやたらと面白くなってきて、ソファの上でビーは一人悶えた。
と、そこで目の前にオレンジ色のコップが現れる。
まず最初に考えるでもなく受け取り、しばらくしてから「サンキュー」と礼を述べた。

コップがカラカラと音をたてる。
ビーはカラカラ、カラカラ、と鳴る音を聞き、そしてその音の正体が今の季節にはそぐわないものだと思い出して苦い顔をする。



氷が5個、冷やされたジュースの中にぷかりと浮かんでいた。


「ブラザー、さみいよ」
「そうだな。冬だからな」
「冷やされた飲み物に氷は冷たすぎるぜ」
「そうか?」
「…オーケー、今度から食器は投げねえよ」
「最初からそう言え」
「ウィー」


ため息をついてコップを見つめる。
キンキンに冷えたオレンジジュースはおいしそうで、飲んだら体が冷えるなと思いながらコップを傾けた。

予想通りの冷たさに体の中心からすうっと冷えが広まった。


「つめてー」
「こっちを飲むか?」
「いらね。それ苦いだろ」
「だから聞いたんだ」
「ブラザーひでー」


けらけらと笑うビーに雷影もつられて笑う。
体は冷えるが、温かい空気をビーは感じた。

雲雷峡を出る時の楽しみは多々あるが、それでも一番嬉しいと思うのはこうして特に何をするでもなく雷影と談笑している時だった。

忙しい雷影がビーと会う時は一切の執務を行わないこと、仕事の話を誰もこの空間に入れないことが業務所では暗黙の了解となっている。


「最近サインを書いてくれってよく言われるんだけどヨー」
「いいじゃないかヒーロー」
「そうそう、そうやって呼ばれるんだ。なんだか…」
「何だ、不満か」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ何だ」
「……こそばゆい…」


聞き取れるか否かの声量だったが、雷影の耳にはしっかりと届いていて、聞き取った同時に口に含んでいた茶を全力で吹き出した。


「ははははは!お前がそれを言うかビー!」
「あーっ!笑ったなー!人が真剣に言ってるのにヨー!!」
「はははっ、あんまり笑わせるなっ!」
「ブラザー!」


一向に笑いを引っ込めない雷影に痺れを切らしたビーが雷の刺繍が入ったクッションを雷影に投げつける。
避ける気もないのか、それに当たった雷影は布巾を手に取り吹き出したお茶を拭い始めた。


「ふーっ、まぁこそばゆいと言ってもその内馴れるだろう」
「そりゃあそうだけど」
「ならいいだろうヒーロー。かっこいいじゃないか」
「まぁ、なぁー…」
「それにオレは嬉しいんだ」


拭った布巾を机の端に置き、雷影は滅多に見せない朗らかな笑顔を見せた。


「お前をヒーローと言ってくれるだなんて、最高じゃないか。幸せだ」
「何でブラザーが幸せになるんだよ…。幸せなのはオレでいいんだヨー!」
「そうだな。お前が幸せなら、いい」
「…まったく、ブラザーはこれだから…」
「ぐちぐち言うなヒーロー!!らしくないぞバカモン!」
「ってぇ!」




勝手気ままなヒーロー!

唯一絶対のヒーロー!



雲雷峡の英雄よ!!









end


 
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