□救済策
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五歳の時に尾獣を封印されたビーだったが、暴走らしい暴走は一度として起こさなかった。

それはなぜか。
とりわけ肉体が強いわけでも、精神が強いわけでもない。
その二つは兄のエーの方が上だろう。

ビーはただ耐えるのが得意な子供であった。
八尾が何度暴れようとしてもただじっと耐えた。

ビーの心の奥底にあったものがそれを支えていた。

与えた方は与えたことに気付かず、また与えられた方もそれでいいと思っている、他から見たら何てことはない兄が弟に送る普通の言葉。


『何かあったらオレに言え。お前は大事な弟だ』


誰がそれだけでこの子供が生きていると思えるだろう。

ビーが成長するのと比例して大きくなる憎しみや蟠りは決してなくなることはなく、ビーの心もまた緩やかに衰退していった。


そうして時を重ねること十年。
十五になったビーは最早立派な忍で、雲隠れの大きな戦力になっていた。
エーの方も新しい忍術を開発し、雲隠れは地道に領地を拡大していき、エーとビーは毎日のように戦場に駆り出された。


そんな中でも十五というのはまだ子供の域に留まっている。
成長途中の子供は年齢相応の思春期や反抗期もなく、里からは『扱いやすい子供の人柱力』とだけしか見られていなかった。

里の民にとってはビーはその程度の存在だった。


ただ、やはり時の流れはビーの心を蝕み、感情の揺れ動きをまったくと言っていいほど消え去らせてしまっていた。

それを忙しい兄と父は感知することはなかった。

感情の揺れ動きがない。
それは喜ばないといったことではない。

常に笑い、明るい雰囲気を纏っている。


そのままなのだ。
そのまま、ビーは変わらなかった。
周りもそれを当然だと思っていたし、ビーも気付かれないようにと務めた。

自分が堪えている限り、限界は来ないと思っていたのがビーにとっての唯一の誤算だった。


限界は来た。
それもビーが予想していたのよりも遙かに早く。

その日の一瞬を、二十年後にもはっきりと覚えていたほどの出来事だった。




ビーが十五歳の時。
エーの執務室の大きなソファに横になっていたビーはもう二時間半ほどそうしていた。

エーは書類に夢中でビーがソファにいるということすら頭の中に入れていない。

部屋の中には書類をめくる音と、それにサインする時の紙擦れの音しか存在していなかった。
ビーの呼吸は無音に近いほど静かで、体もピクリとも動かさなかった。

集中力を切らせたくないという思いもあったが、それ以上に体は動く事を拒否していた。
呼吸をすることしか許されていないかのような鉛の体。

いつもなら起き上がるはずが今日はどうにも起き上がれない。
どうしたものかと考えていた頭も段々と靄がかかり、眼はどこを見ているのかわからない。


息を吸う。





息を吐く。








機械のような一定のリズムは崩されることはなく、またその時に静かな部屋の空気を揺らしたのも、息を吐くが如くの自然さで行われた。


誰も予想していなかった。
エーも。


果てはビーすらも。




その言葉が何の意味を持つのか言った本人が忘れてしまうほどに口から吐かれた言葉は意外以外の何ものでもなかった。





静かな、部屋。



息を、吸う。
息を、吐く。




静かな部屋。

重い体。
鉄の鎖。



歪んだ封印術。

霞んだ頭。


小さな音。



血の繋がらない兄。





八本の足。

折れた角。



小さな亀裂。











小さな、願望。


















「死にたい」



























それは静かな死。



 
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