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それはある意味大事件だった。





「なぁ、今日のビーさんどうしたんだ?」
「オレに聞くなよ…。確かにビーが静かだなんて気持ち悪いが」
「同意だ」
「雷影様なら何か知っているんじゃないか?」
「聞いてみるか。正直ビーさんが静かだと調子が悪い」


雷影の側近、ダルイとシーはビーの異常を素早く見抜いていた。
ビーが朝から一言も喋らない。
それは二人、否、雲隠れの民からすれば立派な異常だった。

いつもは朝であろうが昼であろうが夜であろうが、戦闘中であろうが調子のいいラップ口調で喋っているというのに。

機嫌が悪いのかと言えばそうでもないようで、ただ椅子に腰かけて天井をぼうっと見つめているだけだった。

そこでドアを開けて広い部屋の中に入ってきた雷影を見つけて早速問う。


「あ、雷影様」
「おお、どうした」
「ビーさんがすっげえ静かなんすよ。何か知ってますか?」
「ビーが静か?」


そんなわけあるまいと半笑いだった雷影も椅子の上で呆けているビーを見れば途端に微妙な苦い顔に変わる。

ここまで静かな弟は見たことがないのだろう。

雷影はビーが腰かけているイスの横に立って声をかけた。
ビーが雷影を見ているのかはわからない。


「おいビー」
「ん」
「お前珍しく静かだな」
「ん」
「…具合でも悪いのか」
「いや」
「ならどうしてだ」
「ん」
「……」
「……」


ダルイは二人の噛み合わない会話に噴き出しそうになったが、隣のシーに脇腹を殴られたことで何とか抑えた。

脇腹をさすりながら二人を見るが、雷影は今の短い会話で何かわかったのかビーの頭を撫でて何も言わずにダルイとシーのもとへと歩み寄った。


「ビーさんはどうしたんすか」
「いや、たいしたことなかった」
「今ので何かわかったんですか?」
「ん?あぁ、まぁな」


テレパシー。
二人の頭の中にその単語が浮上したが、すぐに消える。

そんな力が二人にあるはずもない。
木ノ葉隠れにはそれに近いことを忍術でやってのける一族もいるようだが、少なくとも雷影とビーにはそんな能力はなかった。

穏やかな空気にほだされて思考まで緩くなっているのだとダルイとシーは頭を振って冷静になる。


「…まぁ、ビーさんが静かなのはいいことだし…」
「そうだな。そこまで気にすることじゃない」


決していつもの騒音に近いあの環境を望んでいるわけではない二人は違和感を振り払って執務室へと戻って行く。

バタン、と扉が閉まった音にも微動だにしないままビーは一人部屋に残った。








――――――








「うっわ、うわー!!」
「オレの勝ちだな」
「そんなわけあるか!」
「いや、ツーペアで何でそんなに自信満々なんだよ」
「イカサマだ!」
「そこまでせこい男じゃねえよ!」


10とJのカードが二枚入った手札を投げ捨てたシーを見てダルイは呆れながらも全てAで揃えられた手札を同じようにテーブルに投げる。

よほど悔しいのか拳で何度もテーブルを殴るシーを放って目線をビーに移した。
相変わらず呆けたまま動こうとしない。

ダルイとシーが再び休憩室に戻ってこれたのは、何日かぶりに鬼のような業務が一段落したからである。

もうさすがにいないだろうと思っていたビーがまだ同じ体勢で窓を見ていたことに、自分達が仕事をしていた間もこうしていたのかと部屋に入った瞬間二人は同時に思ったのだった。


「ビーさん、今日トイレ以外のことで動いてないな」
「そういえばそうだな」


ふらふらとたまに部屋を出て行くが、すぐに戻ってくる。そしてまたイスに座ってぼうっとし始める。
今は首を反らして窓の方を見ていた。


「くそ…!悔しい…!」
「ムキになりすぎだろ」
「うるさい」


バラまかれたトランプを1枚ずつ拾っていく。
無意識の内にダルイもテーブルの上のトランプを集めていた。

片付けながらダルイが今度は何をして遊ぼうかと思案していると、ふと視線を感じて振り返る。


「あ〜…」
「ビーさんが喋った…」
「やっとまともになったな」


何時間も反らしていたことで変な癖がついてしまった首を軽く回してほぐす。
ビーはもう窓の方を見てはいなかった。


「ビー、さっきから何をしてたんだ?」
「んー」
「そうっすよ、丸一日何を…」


二人の興味津津な目を見たビーは軽く笑いながら首に手をあてて答えた。


「空が青いからよ」
「はい」
「何で青いんだろうなって考えてただけだ」
「…そ、それだけか?」
「ああ」


呆れた、というよりも二人は唖然としてしまった。
いつもは騒がしく色んなところを駆け回る里の問題児が珍しく静かにしていて気味悪がってみれば。

空が青いのはなぜか。そんな理由だったのだ。

ちゃんとした理由はあるのだろうが、ダルイとシーも細かいことまでは知らない。


「ブラザーはオレが空を見てるってわかった時にもう気付いたみたいだけどな。すげーなブラザー」
「凄すぎっすよ」
「首いて」
「それで、空が青い理由はわかったのか」
「全然」


シーは再び手に持っていたトランプ全てを床にぶちまけた。




 
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