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「雷影様…!」
「…ビーはいるか…」
「いいえ、来ていませんが」


そこでなぜ「いる」と一言言わなかったのか。
わからないままモトイは目の前に立つ鬼を超えて悪魔的でさえある顔をしている雷影の目を見ずに答えた。


「そうか、邪魔したな」
「いいえ…」


時間が惜しいのか、雷影は屋根から屋根へと移動して行った。

その姿を見てからモトイはドアをゆっくりと閉めて玄関に座り込んだ。


「は〜…っ」
「…行ったか?」
「行ったよ。行ったからちょっとこっちに来い。もう色々とわかったがちゃんと説明しろ」
「はい…」


何で休日にこんなに疲れてるんだ俺は。

まるでこうなるのがわかっていた様子のビーを正座させてモトイは訊いた。


「雷影様に何をした?むしろ何をしたらあんなに怒らせることができる」
「…ちょっと、暇だったから…」


『暇だったから』。
ビーがいたずらをする時によく使う言葉だ。

何度もやられたことのあるモトイは心の中でその何倍もやられている雷影にお疲れ様ですと呟いた。


「タコ墨で八っつぁんの絵を描いてたんだ」
「どこに」
「…ブラザーの…執務室の……ガラス…」


段々と小さくなっていく声。
最後の方にかぶせるようにしてモトイは「あぁ…」とため息ともとれる声を発した。

しかしなぜそこで俺のところに逃げてくる。

おかげで滅多に見れない雷影の悪魔の顔を見てしまった。


「懐かしいよビー」
「ん?何だヨー」
「昔もよくこうして逃げてきただろ?」
「あぁ」
「変わんないな、いつまでもお前は…。って勝手に冷蔵庫を開けるな!」
「ジュースどこ?冷蔵庫開けていいか?」
「訊く順序が逆だろ…。そこじゃなくて二段目のところだ」
「おお…」


ぶどうジュースのビンを取り出してコップになみなみと注いでいるビーはモトイの記憶の中にいる昔のビーと綺麗に重なる。

多少あの時と状況は違うが、確かにあの時と同じだ。

モトイはコップに入れ過ぎてこぼしてしまったビーの頭を軽く小突いてからまたクナイを磨く作業に戻った。


「モトイー」
「何だ?」
「このジュースうまい」
「そうか」
「…持って帰っていいか?」
「いいぞ」
「…」
「そんなに考えなくても雷影様は怒ってないぞ」
「そうか?」
「ああ」


わざわざ弟のいたずらに付き合ってやっているんだ。
本気で怒っていたらきっとここにいることなんてすぐにわかる。

きっといつも破られるガラスも今日のはまだ無事なんだろうと考えながらモトイは笑った。

ビーは仲直りにぶどうジュースを持って行って許してくれるだろうかとまだぐちぐち言っていたが、モトイが一言「呼んでこようか」と言うと途端に黙ってしまった。


そこからもう牛乳とぶどうジュースを何杯飲んだか。

青かった空が赤くなった頃。


ビーは三分の一に減ってしまったジュースのビンを持って帰って行った。


結局俺は巻き込まれただけかとモトイは今日一日のことを思い返す。

するとどこかで誰かが『何を今更』と言った気がした。


「確かに…今更だな」


モトイは磨いて切れ味の良くなったクナイを手にとって笑った。

きっと明日は雷影に怒られたビーが拗ねに来るんだ。



部屋の中に流れる温かい空気を感じながら、モトイはゆっくりと立ち上がって子供の頃に買って置いておいたビー専用のコップを自分のと一緒に流しに置いた。




***





「モトイーっ!!」
「はいはい!今度は何だ!」
「あのな!」



さて、今日は何のジュースを出してやろうか。







終!


 
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