□サングラスと尾行
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 ふと立ち止まって、ビーは前触れなく振り向いた。その視線の五十メートルほど先では、弟子であるオモイとカルイが慌てて街路樹の後ろに隠れる様子がありありと見て取れる。
 まさかそれで尾行のつもりなのか、と呆れつつ、姿を現さないということは理由を説明する気もないのだろう。
 ――害があるわけではない。
 下手な尾行ごっこに付き合うつもりは毛頭ないが、我儘放題で兄をほとほと困らせる"英雄様"であろうと、弟子に対しては多少迷惑でも気が済むまでは付き合ってやろう、という生来の甘さが遺憾なく発揮された。





 だが、その甘さも一、二時間ほどの話であり、さすがに五時間以上も行く先々を追いかけまわされてはいかに可愛い弟子であろうと煩わしさは抑えきれない次元に到達し、突き抜けつつあるのも無理はなかった。
 ビーは再び立ち止まると、一呼吸も置かずに右手にある細い路地へ駆け込んだ。更にその先を左、行き止まりを飛び越え右、いくつかの角を無視して右へ、と突き進んでいくと、長い尾行――と言えるかは甚だ疑問だが――で気のゆるみ切っていたオモイとカルイは、当然の如く最初の角を曲がった時点で師の姿を捕らえきれずに、道にひたすら立ち尽くした。
「あーもう、オモイ! お前がちゃんと見張ってないからビー様見失っちゃったじゃねーか!」
「オレだけのせいじゃないだろ! もしかしたら最初からビー様はオレ達のことを鬱陶しいと思っていたかもしれない! それをずっと我慢して……だからやめようと言ったんだ!」
「何だよテメー今更! 気になるって言ったじゃねーか! 同罪だ!」
「あぁもう……やっぱり迷惑だったんだ……」
「うっせ、ネガティブ野郎」
 弟子二人の幼い口論は、実年齢が五歳の頃からほとんど必ずこの結論に達して終わりだ。
 結局のところ尾行者の目的はわからない……ビーとしても、落としどころのないもやもやが腹に溜まったままである。
「何の用だったんだ?オモイ、カルイ」
「うわぁ!!」
「ビー様!」


二人してため息を吐いていたところに、そんなこと微塵も思っていなかったビーが現れると、二人は顔を見合わせて覚悟を決めた。



「サングラスの下!」
「見せてください!」
「………やだ」
「ええええぇ!?」
「何でですか!?何かトラウマでも!?ごめんなさい!」
「…別にたいしたことはねー。けどやだ」
「そうですか……」
「すんませんした…」


肩を落として帰っていく二人をちょっと可哀そうだと思いながら、それでもサングラスの下を見せる気のないビーは後ろを向いて歩き始めた。


その後ろでは、諦めの悪いカルイが嫌がるオモイを無理やり連れて先ほどとは更に距離を置いて尾行を始めようとしていた。



「絶対にサングラスの下見てやる!」
「やめようぜカルイ!ビー様に迷惑だ!」
「……大丈夫!行くぞ!」
「いやだってえええ!!!」



開き直ったカルイはオモイの首元の布を掴んでビーのあとを追った。


もちろんそれにビーが気付かないわけがなかったが、カルイの性格上何としても着いてくるつもりだろう。

ビーは追い返すのを諦めて木から木へと移動した。



********




今日は青天。
緑の匂いがより濃い日。

こういう日はこんな単純な移動すら楽しく感じるのだから不思議だ。


風を切るような速さで移動をしていると、後ろの方で誰かが転んだ音がした。

ズダッ、とかドシャ、とか生易しい音ではなく、まるで頭を鈍器で殴られたような音が長く響いた。


ビーは木の上で少し立ち止まってから、その転んだ誰かが起き上がる気配を感じてまた走りだした。

走っていると忘れてしまう。
あの二人が追いかけてきていることを。


よくついて来ている方だ、とビーは二人に気付かれないように後ろを振り向いた。

もうかなりの距離を移動しているのに一定の距離を保ちながら走っている。
顔を見る限りかなり辛そうだが。


ビーは少しだけ笑うと強く木の枝を蹴った。



「はっ…!…は、くそっ!」
「もう、諦めよーぜ…っ」
「やだ!絶対に追いつく!」
「目的が…変わってん、ぞ…!あー、疲れる…!」
「ちくしょう!絶対に追いつく!」


転んだ時に痛めた足を引きずりながらカルイは飛ぶが、右足に体重をかけられないためどうしてもスピードが落ちる。

もう何が目的なのかわからないな、と思ったオモイは木に着地する時に足を滑らせたカルイを受け止めて走り始めた。


「はぁ!?おいオモイ!何すんだ!」
「多分足の怪我は捻挫だと思うけど、これ以上走ったら悪化する。それでもカルイが走ったら足の骨を折るところまでいくかもしれない」
「ざけんな!ウチはまだ…!」
「わかってるよカルイ」
「…っ!」
「わかってる」


オモイの背中で暴れるカルイをオモイが諌めると、カルイは悔しそうに拳を握ってオモイの肩に叩きつけた。

かなりの力で殴られた肩をオモイがお得意のネガティブ思考を口にするが、カルイはそれに対して怒るでもなく、ただ叩き続けた。



「ビー様はよ…いっつもそうだ…。いつの間にかどっか行っちゃうし、何かあっても絶対に何も言ってくれないし」
「あの人は強いからな」
「弱いから、だろ」
「………」
「弱いから弱音が吐けないんだ。弱音を吐いたその先のことを考えちまうから、頼ることを迷惑行為だと思っちまってるから駄目なんだ」
「そのくせ頼られることには慣れてるしな」
「弱いんだ…あの人は……」
「中身がか」
「あぁ」



泣きそうな声で一通り溜まっていたものを吐きだすと、カルイは叫んだ。


「あー!辛気くせー!」
「自分から話し始めたんだろ!」
「うるせっ!速く追えよ!」
「まったくもー…!」


右足を負傷した怪我人の我儘を叶えるべく、オモイはさっきよりも重くなった体で飛び上がった。




「なーカルイ…」
「あー?」
「太ったか?」
「っ!」
「痛い!」







 
 
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