プレビュー画面表示中

針[4]


犠牲者
17.
愛故、などという言い訳は、自身に対してのみ。
しかももはや自分は、ただそれだけの理由で、人殺しの恋人に荷担している、ある意味心美しい人間ではない。
自分の役目を失うことが怖い。銀八を失うことが、怖い。自分は醜く、弱い。
半分好奇心で踏み込んだ闇は、想像より遥かに深く、その連鎖に巻き込まれれば、二度と抜け出すことはできない。
後悔がない、なんてことはない。

「高杉さん、すげえ会いたかった」

目の前の少年は、妬ましく思えるほど、疑心のない、綺麗な表情をしていた。自分は一度だって、こんな表情をしたことがあるだろうか。
長旅だったよな、と土方は落ち着きのない様子で、高杉を縄張りに引きこむ。
好意を隠そうともしない。微笑ましくも思える、若い男だ。

「本当に来てくれるなんて、思ってもみなかったっすよ。そうだ、高杉さんは紅茶が好きだったっけ」

たぶんそう言ったのは、土方たちを招いた時に、紅茶を出したから。
自分はコーヒーが好きだ、というと、土方がぱっと明るい顔色になって、「実は俺も」などと気分上々と言ったところだ。

「俺、コーヒー入れるの美味いんすよ。クラスメイトにも言われたし…」

そこで土方の言葉が詰まる。言いにくいことを言いかけたのだ。

「…先生も好きだっつうから、一回作ってやったことあるんです。そしたら珍しく、美味い、て褒められたんです。
それであの野郎、砂糖バンバン入れやがったんですよ。あ、それって美味くなかったのか…」
「銀八は甘党だからな」
「やっぱ、高杉さんの前でも、砂糖の量は半端なかったっすか」

なかった、という過去形。土方は気まずい雰囲気を醸しながらも笑う。
銀八も美味いというなら飲んでみたいものだと、高杉は土方に一杯頼んだ。

いいのか、銀八。針の姿をした彼に問いかける。
この少年は銀八をとても慕っていたに違いない。言葉の端々で分かる。
ここまで来て、自分は少し躊躇いがある。

「高杉さんは、砂糖入れる?」
「…少々」

本当はブラックだ。だが今は、少し甘くして飲みたくなった。
準備の段階で時間がかかり過ぎている。手つきが強張っているな。好いた人間に出すものだからか。

「いつも通りに作ってくれ」

言ってやると、土方は目を丸くして振り向く。

「高杉さんには、何もかも見透かされてるみてえだな…」

はは、と可笑しそうに照れ笑いする。心眼の持ち主ではないが、人を欺くには、そういう能力も必要なのだ。
緊張の糸を張っている間は、警戒心の現れでもある。それを解く為ならば、いくらでも優しい言葉をかけてやる。
土方がぎこちなくコーヒーカップを差し出してきたので、それを包み込むように受けとった。
高杉がカップを傾け、中身に口づけると、土方の顔が強張った。

「どう…すかね」

得意だ、と豪語した割に、土壇場で弱った表情を見せている土方が、純粋で、可愛い奴だと思う。

「美味だ…中々ここまでのはないな」

役者。自分は誰の前でも、役者である。実際コーヒーの善し悪しなど分からないが、とりあえずこれは、悪くはない。

「まぢか、よかったっ」

土方は泣きそうな顔で芯から喜ぶのである。
躊躇の文字が幾度なく、高杉の頭をよぎる。逃げてくれ、と。その度に、銀八という存在が高杉の脳を覆い尽くすのだ。
早く土方の身体をよこせ。
銀八の指令が、高杉の全身に行き渡る。否、高杉が自身に暗示をかけている。

「一緒に飲もう。お前が座らないと、どうも落ち着かねえから」
「あ、すいません」
「隣に来いよ」

先手を打った。多分積極的なこの少年ならそう言ってきただろうが、ここは敢えて高杉から誘った。
土方は頬を赤らめる。思わぬ変化球だったに違いない。

「じゃ、喜んで」

はにかんだ笑顔は、青春を感じさせる。あと数分で閉ざされてしまう青春だが。
この少年は期待している。若いだけに、まんまと高杉の誘惑にひっかかり、淡い恋心を剥き出しにする。

「どうした?」

固まったまま高杉を見据える土方に、分かっていて問いかけてやると、彼は慌てて目を反らした。
顔を近づけて、相手の欲望を昂揚させてやる。

「俺のそばだと、緊張する?」
「え、」

土方の若々しい芽を、まさに直に刺激して、開かせてやった。
高杉は自分よりもうんと上背のある(銀八と同じくらいの)土方を、自分の胸の中に抱きすくめた。

土方はもう、完全に身動きが取れないのだった。
ただされていることに目を見開くばかりで、幻を見ているのと同じ感覚を、味わっているにちがいない。


「可愛いよ、土方…」


土方の耳元に、底知れぬ温もりを込めた囁きをした。

「夢、じゃねえよな…これ。なあ、夢じゃねえよな…?」
「夢じゃねえよ、現実さ」

そう言って、頬に初めての接吻をしてやる。
土方が震える。歓楽の震え。

「俺、俺…高杉さんのこと、好きです。初めて会った時から、ずっと…」
「知ってる」
「あれから、ますます好きになって…それで」
「それで?気持ちを抑えずに、何でも言ってごらんよ」

高杉の声の魔力は、神の域に達していた。今の土方にとって、これ以上の魔力はないのだ。

「高杉さんと…高杉さんと、抱き合ったり、一晩明かしたり、してえな、って…」
「………」

若いな、土方。何一つ曲がってないその若さだけは、愛しく思えるよ。
土方の頭をより引き寄せて、赤ん坊を扱うように、優しく撫でてやる。

「俺も、お前をこうして…抱き締めたかったよ…」

言葉とは裏腹の、からからの表情で高杉は告げる。
高杉の顔が見えない土方は、目に涙を浮かべて、芯から嬉しそうな笑顔を溢れさせた。


「俺…今、すっげえ幸せです…」


自分と違って、裏表のない少年。これからすることは、君にとっては、残酷すぎる仕打ちかもしれない。

「土方、キス、しようか?」

額の髪の毛を退けてやる。何を言っても、土方はただ頬を赤らめるだけ。

「キス、したいです…」
「顔をあげるんだ、ちゃんと真正面から、キスしよう」

このキスは餌。その餌に只管尻尾を振り続ける土方。
土方の両頬を持ち上げて、高杉は彼と自分の顔を向かい合わせる。
彼は切なげな瞳で見つめてくる。
心の底から欲していたそれを目の前にして、すっかり陶酔している。

「相手の顔をよく見てから…」

恋愛の手ほどきをしてやる。

「ゆっくりと…」

土方の頬を、左手で引き寄せる。
もう一方の手は、高杉の細身のパンツのポケットに忍び込んだ。

「名前を呼んで…」

晋助、と。高杉が囁くと、土方が高杉の唇にすれすれの唇を開く。


「晋…助……」


高杉の指の先に、鋭い光。
針。


「好き、と言って、キスしてくれ」


好き、と土方がか細い声で言うと、そのまま高杉は唇を奪わせた。
みずみずしく、温かい唇だった。
ちゅ、と弾いて、離した。

「晋、助……俺……」

再び見つめ合った時、土方は耳の付近に妙な感覚を覚えた。
視線だけを横にずらす。いつの間に、自分の頭に宛がわれている、モノ。
見る見るうちに、土方の顔は絶望一色に染まって行く。



「やっぱり……あなたが……」



すべての情を奪われてしまった瞳の端から、涙が一滴。
微かな肉の裂ける音と共に、それは温度を失った。

やっぱり、あなたが犯人。
確信はしてなかったのだろうが、危険だと分かっていて、この少年は自分を招いたのか。
そう思うと、酷く胸を締め付けられた。
その衝動を抑えられず、抜け殻になった少年の身体をひしと抱きしめる。



「いい奴だろ、土方くんは」



はっとして、胸の中の少年をまじまじと見返す。
それはもう、少年ではなかった。



「銀、八……」



彼は高杉の唇をいとも簡単に奪ってきた。
土方の姿をした、自分の恋人と抱き合って、高杉は安堵感と悲愴感の両方を味わった。

「やっと晋助を抱けるよ。やっぱり猫はダメダメ。人間が一番だな」

銀八の無邪気さは魔性を秘めていた。
そのまま押し倒され、いきなり荒々しい愛撫を受ける。

「あ、やっ…痛っ、ん」

服を捲し立てられ、胸と下の性器を撫でられる。
あっという間に身ぐるみを剥がされると、足を開かされ、深々と突き上げられる。

「あんっ、あ、あっ、銀、待っ、」
「ごめん、晋助のこと、愛してるからさ。待ってなんて、言わないで」

愛してる。本当に?もう、そういうの、よく分からなくなってきたのだが。

「土方くんは、俺でも可愛がってやりたいほど、真面目で、スポーツマンで、生意気なんだけど、素直な奴なんだよ…」
「………」

ぐったりとしている高杉の身体を、腹の上に乗せる。


「まあ、それでも…生徒以外の何者でも、ないわけさ」


未だいきり立っているものを、高杉の孔に埋め、下から突き上げる。

「だからさ、晋助…」

高杉は息を荒げて、ふと、手の甲で左目を拭う。

「泣かないでよ…」

取り戻せないもの。それは何もかもだった。
自分は殺人鬼の付き人ではなく、堂々と断言できる、立派な人殺しなのだと。

「怖いんだね、晋助、どんどん、失っていくのが…怖いんだね?」
「ん…んっ、んっ…」

快楽に飲みこまれながらも、高杉は小刻みに頷いていた。

「でも、大丈夫。晋助は何にも間違っちゃいないよ。確かなものを得るために、努力している、英雄だよ。それに」

彼の手が脱力した高杉の身体を力いっぱい抱きしめた。

「こういうのだけは、俺も、信じてるよ…」

セっクスで得られる、快感とつながり。
そして、坂田銀八が、高杉によってのみ生かされているという事実。

「いいじゃん。お前は俺のモンじゃないけど、俺は、お前だけのモンだから…」

彼の胸の中で、高杉は嗚咽を漏らした。違う。それはつまり、高杉は坂田銀八がいなければ生きていけないのだと、言っているのだ。















































次で最終話です。すまん、近藤さん出せなかった;; 次出ます

トップへ


ブックマーク|教える
訪問者243人目




©フォレストページ