primavera【プリマヴェーラ】

□醜い家鴨の男の子
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「『一緒に行こう』とか言われても、『約束があるから』って、断るの。なるべく人気のあるところを通るのよ?」


本当は自分がきちんと目的の場所まで送り届けたい。しかし、この世界が許してくれない。


「広大な森の中にある、小さな村まできたら、目的地まで、もう少しだから」

「うん。メアリー、ありがと」


その声は、スワンソングのように清んだ、美しいものだった。
最後にメアリーが目にしたのは、リリアンの綺麗過ぎる、優しい笑顔だった。






桃色の花弁が、まだ肌寒さを残す微風に吹かれ、ひらひらと舞っている。闇夜に輝く妖艶な三日月が、長寿の桜を優しく照らし出した。静かな空間に響き渡る、木々のざわめく声が、心の内にあるなにかを、そっと洗い流してくれる。日の光が地上を温かく包む中、花壇を彩る花々の世話や、甘い香り漂う果樹園の整備をしていた者、若草色の芝生の上で幸せな時間を過ごした者達が、この桜の木の下で、湯気の昇る香り豊かな紅茶と、頬落ちる甘いお菓子を片手に安らいでいた。
アリスが目覚めてから、いつも以上に騒がしく、慌ただしかった城内も落ち着きを取り戻しつつある。ラディも後ろ髪引かれつつも、ここを後にした。双子は相変わらずアリスの部屋で寝ている。こればかりは、流石のアリスも慣れない。毎朝、顔を紅色に染め、慌てふためく彼女をからかって遊ぶのが、彼等の日課となっている。決して、馬鹿にしているわけではない。愛しくて仕方がないのだろう。勿論の事、双子が彼女をからかう度に、フィリアの怒号が城内に響き渡っている。


「ラディ、今どこにいんのかな?」


ふと、真っ黒なキャンバスに散りばめられた、小さな輝きを放つ無数の星達を眺めていたリリックが、無意識に口を開いた。


「目的地にはたどり着いていると思いますよ?」

「はやく会いたいなぁ」

「仲好しだもんな、お前等」

「あったりまえだろー、兄弟みたいなもんだもん」

「「………」」


チェインとシャインは、どこか幸せそうに話すリリックから目を背け、行き先を失った視線を、どこか彼方に逸らした。


「ん?なに?」

「「別に?」」

「嫉妬じゃない?」


アルトは、「でしょ?」と続けそうなぐらい、自信ありげに言った。リリックは彼の発言に対し「なんだそれ?」と返す代わりに小首を傾げた。

「「そんなんじゃないし」」




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