primavera【プリマヴェーラ】
□いたぁいのいたいの、とんでけ!
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ウェアラは言葉を発すると同時に、マーシアを突き飛ばした。
「……おにぃ…ちゃん……?」
マーシアのもとに血の雨が降り注いだ。
「え…?」
状況を把握するのに時間は掛からなかった。ただ、目の前で起きているこの事実を、信じたくなかったのだ。何度も己の瞳を疑った。これは夢なのだと、自分に言い聞かせ続けた。それでも疑えば疑うほど、これが現実なのだと、強く突き付けられていく。
「なんで?」
答えてくれる者などいない。それでも訊かずにはいられなかった。たった一人の掛け替えのない家族。自分の命に代えてでも護りたい家族。愛して止まない、大切な家族。そんな家族今、自分の目の前に横たわり、胸の辺りから鮮血を流し続けている。
「なんで?どうして?」
コワレてしまったオルゴールのように、何度も同じ言葉を口にした。
「なんで?」
「お困りのようですね?」
耳障りな声が彼に向けて尋ねてきた。
「は…い…?」
「私なら、彼を助ける事が出来ます」
髪の毛からはじまり、黒一色で覆われた中にある唯一、色らしい色であるディープブリリアントレッドの瞳が、マーシアを真っ直ぐ見詰めている。
「たすける?」
「はい、助けることが可能です」
「たすけてくれるの?」
「勿論、アナタが望むなら」
「た、たすけて?」
男は微笑した。獲物を捕らえた獣の眼だ。
「わかりました。ただし、条件があります」
「じょうけん?」
「『ただで』というわけにはいきませんので、その分、働いていただけますか?」
「大好きなお兄ちゃんを助けたい」、その一心で頷いた。身寄りのない彼にとっての唯一の希望。「もう一度、お兄ちゃんと一緒に……」。
「神様は……ほんと……意地悪だよね……」
彼の淡いピンク色の瞳に光など宿っていなかった。ウェアラの波打つ鼓動を聴きながら、マーシアはそっと瞼を閉じた。
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