そしてΩの時代へ

□朱星の怪異
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ーーざらざらする。
 シャカの娘、さやかは閉じた瞼の下で父の小宇宙を追ってその位置を把握しながらも、胸にうちにざわめく感覚に戸惑っていた。最初は錯覚のような一瞬のものだったが、時とともにその感覚が大きくなり、まるで大勢の人が声なき声で訴えてくるような、しかし耳を傾けてその内容を聞き取ろうとすれば瞬時にその声は小石のぶつかりあう音や木の葉のざわめきとなって聞き取れない、だから「ざわざわ」ではなく「ざらざら」だ、時が立てば立つほどざらたつ感じが強くなって気持ち悪くなる。
 「・・・・・」
 つい、さやかは立ち止まって、ざわめきの正体を探ることにした。まだ幼い彼女は生来備えた感覚によって受け取れた信号はこの世のものではないと微塵も考えていない。
 

  不意に、さやかは閉じた瞳を開いて、頭上の星空を見上げた。
 「さやか、どうしたのかね?」
 父、シャカは注意してやるが、さやかの方はまるで聞いていない。ただ熱心に星空を見上げていた。そうしているうちに、幼い身体から、僅かな青色を帯びた真珠色の小宇宙が昇る。
 それをみたシャカは、とうとう本格的な交信が始まったと気づき、黙って見守ることにした。
 なにをみているのか、焦点もあわない瞳で星空を見上げていたさやかは、しかし急になにか恐ろしいものをみたかのように、ひぃ、と引き摺った息を飲んで、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 「さやか?」
 シャカはすぐ駆け寄って娘の様子を診る。さやかは恐ろしいものをみた幼児の典型的な反応をしていた。ダチョウのように自分の頭を膝に埋めてひたすら体を丸くしてやり過ごそうとしている。
 見ぬ振りしても恐ろしいものは去りやしないのに、とシャカは苦笑した。それところか、さやかはなにをみたかもわからない、シャカも小宇宙をのばして探ってみたが、ざっと3000個ほど隣り合わせの世界を探ってみても娘を恐怖させるものが見あたらない。
 仕方なく、シャカは娘の小さく震えている肩を抱いてやって、小宇宙を燃やしてしばらく立ち止まったため夜風で冷えたさやかの体を暖めてやる。
 父の小宇宙に介抱されて、安心したのか、さやかの震えは段々収まっていた。
「なにが見たのかね?恐ろしいものかね?」
 さやかは、ようやく顔をあげて父の方をみた。見開いた父譲りの青い目に涙がためていた。
 しばらく父を見上げてぼうっとしていたさやかだが、しかし急に自分は今、言いつけを破って肉眼で父を見ていたことに気づいたのが、あわてて目を閉じた。
 シャカは苦笑してぽんっとそのちいさな頭を叩いた。
「もう今更だぞ。それより、なにを見たのか、教えてくれるかね?」
「・・・あかい、ほしがみえました」
とさやかは説明し始めた。

 ところで、さやかの説明は幼い故に要領の得ないところも多々あたので、シャカは娘の説明を聞きながらもこっそりさやかと小宇宙の同調を行ってさやかの視たものを読みとってみた。
 さやかの話とシャカが読みとれたものを総合すると、こうだったーー

 さやかはざわめく「なにか」を感じて、その理由を探るために「よく聞く」ことにした(おそらくこれが精神的な交信を指すだろうとシャカは推測した)。
 ところでざわめいたのは、人間でも神様でもなかったからか、ざわめき自体に意味はなかった。ただ騒いだものの正体は、星だった。
 星の声を聞いてもその意味はわからなかったが、ただ気づけば、さやかは星のざわめきと同調した。
 するとほどなくして星たちのざわめく原因が見えてきた。
 ーー大きな、朱い星だった。
 朱い星から黒いものが染み出して、星たちの旋律を乱して、その結果、ノイズ音のように聞こえたのだ。

『呪われろ・・・』『すべて・・・滅セ・・・』 
 朱い星の正体をもっとよく視ようとした途端、その声なき声はさやかを貫いた。滅びを叫ぶその昏い声は、よく聞いたら一つではなかった。大勢の声は一つになって、滅びを叫んでいたのだ。
 さやかが恐ろしくなり同調を切るまで、大勢の悪意(同調したシャカがそれが悪意だと思った。)や世の中のすべての嘆き、恨み、えんざ、どろりとした昏い敵意が、無防備な少女の心に直撃した。
 シャカは眉を潜めて同調して感じた悪意を「視」ていた。しかしあんまりにもいろんなものが混じている故に、その悪意の源はみえてこない。
 だが、一つだけ感じ取れたことがあるーーその悪意の正体はなにであれ、その感情自体は聖戦で人間の殲滅を唱えた方々の神の怒りより遙かに生々しかった。まるで自身諸共滅ぼしてもかまわないような、そんな激しい憎しみだった。




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