そしてΩの時代へ

□朱星の怪異
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あれからいくつもの季節が巡り、ギリシャの大地を囲む星空も幾たび移り変わった。星明かりも清かで明るかった夜に産声上げた宿命の娘が幼い手足を動かして大地を駆けまわるようになった頃。

 ーー満天。
 天に横たわる銀河と輝きを競うように、無数の星々がさえさえとした光を放っている。
 一面の星空に抱かれている、とさえ錯覚しそうな星夜の草原に、動く二人の人影が居た。
 「やっ!!」
 片方はやっと走れるようになったではないかという幼さの、細い少女だ。
動き回るその小さな体には勇ましくも肩や肘、膝など最低限の部位を守る革鎧をまとっている。肩まできりそろったさらさらと光沢のある金髪は体の動きにあわせて夜風になびく。
 この季節の夜気の肌を刺すような寒さに反して、少女の人形めいた精巧な作りの顔は激しい運動に上気して紅潮に染め、桜草色の唇からは息切れ寸前な短い激しい息づかいが漏れている。
 しかし最も特別なのはその目ーー激しく動きまわって、追いかけっこしているのにも関わらず、その目はきつく瞑っている。時折濃い睫動いて目を開く気配をみせたが、その都度思い出したのように愛らしい仕草でぎゅっと目を閉じ直す。
 「やっ!ええいっ!!」
 目を閉じた少女は、しかし一つの感覚を失うーー自ら封じたのにも関わらず、器用にこけもせず自在に駆け回しーー目の前の人と追いかけっこしていた。
 幼い少女が大地を蹴って、相対する相手を捕まえようと飛びかかる度、相手はひらりと身を翻し、最低限の動作でそれをよけ、また時折からかうように瞬時移動であらぬ場所から姿を現す。
 その度少女は立ち止まって小さく戸惑うが、しかしすぐ相手の場所を目掛けて必死に駆けてくる。
 
 少女の遊び相手でもしているかのようにひらり、ひらりとよけていた男は娘同様にその目を瞑っている、しかし多少無理している少女と違ってこっちが常態かのような自然さだ。そしてその男、一目で少女の血縁だとわかるほど、少女にそっくりな容姿をしていたーーいや、少女がこの男に似たと言うべきだろう。
 
 星明かりを受けて輝く金の長髪をなびかせる男は、すらりとした長身痩躯、そして性別の概念を超越したかのような精巧なづくりのーー絶世だと評判の美女すら裸足で逃げ出すであろう美貌をしている。少女と正反対に汗一つもかいてない涼しげな肌は白く、唇は朱いろ。総じて男にしてはもったいない容姿をしている。
 
乙女座の黄金聖闘士、シャカだ。
 今は30路手前で子を持ったのにも関わらず、最も神に近い男は神に近い不老不死でも手に入れたかのようにまったく歳をとったように見えない。まあ本人に言わせれば規律正しい生活と小宇宙の活性化で、多少常人より身体の老化が緩やかになったにすぎないというが。
 そして少女は、シャカとアテナの間に生まれた半神半人の娘、正義と良知のアストライアの後継、「さやか」だ。
 世も美しい父娘は、星や月あかりを受けて輝く苑ーー沙羅双樹園の一角で鍛錬をしていた。しかし二人の容姿と美しい苑の景色と相まって、まるで伝説の妖精(アルヴ)の月下の戯れのような幻想的な光景がそこにあった。
 
 不意に、幼いさやかはなにかに気取られているかのように動きが乱れはじめた、立ち止まる回数も多くなった。時々、警戒する草食の小動物のように首を傾げてなにか聞き取ろうとする仕草をする。
 シャカは眉を潜めた、さやかの様子は単に幼さ故の注意散漫というわけではないように見えだから。こっそり小宇宙を探ると、興味深いことに、さやかの小宇宙はほとんど本人も気づかないうちに、外部とコンタクト取ろうとする様子があったーーいや、むしろ外部からの信号を受け取ろうとした。
 しかしシャカーー神仏という高等な精神生命体との会話を幼い頃から行ってきた男の目からみても、今のさやかに近づくソレららしき気配はない。だが、さやかの小宇宙は一方的に呼びかけられたかのようにざわめいていた。
 「・・・」
 シャカの血を引いたためか、さやかも五感では説明しきれない信号を受け取る才を生来備えていた。






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