花鳥風月

□せいてんのつき
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あなたがいる


ただそれだけのことが



こんなにもあったかい




――――



冬の朝
雲もなく、ただただ蒼穹が眩しいほど広がっている


「気持ちがいいなぁ」

「主上。人のいる場所ではご遠慮願います」


大きく伸びをした陽子に、すかさず小言を入れる景麒

朝議も終わり、積翠台へと進む回廊
冷たい空気に晒されるも、このような美しい穹が見られる陽子気に入りの場所だ

「あまり固い事を言うなケイキ。今はお前しかいないじゃないか」

言いながら建物のない庭院に目を向けると


穹にぽつんと
真白の月が
浮かんでいた


「そういう問題ではありません…」

突然立ち止った主につられて、二歩控えて歩んでいた景麒は同じ位置で止まる


「綺麗だな」


様々な表情を見せる月が
また違う一面を示す昼の月


「…そうですね」


珍しく同意した景麒に驚きの眼差しをむけると、真後ろにいる景麒は、陽子よりも頭一つ以上大きく、ほぼ真下から見上げる格好になる

職人が、持てる技術を全て注ぎ作り上げた至高の白磁のように、滑らかでくすみのない肌がすぐそこにあった



やっぱりケイキは月みたいだ



とくとくと眺めていると、不意に景麒が視線をそらした

「…なんですか不躾に」

「いや。なんでも」

とたんになんだか恥ずかしくなって、慌てて俯く陽子


「綺麗だけど、ちょっと寂しいな。あれほど輝いていた月が、夜に置き去りにされたみたいで…」


なんだかよくわからない事を言っている自信があった

なんとか話を逸らそうと試みているらしい

と、心のどこかで第三者の自分が、慌てふためく自分を眺めていた


「……そうでもないと思います」


僕の意外な反駁に、再び景麒を仰ぎ見る


「太陽が、傍にいてくれるでしょう」








呆気にとられて、開いた口が塞がらない


相変わらずの能面でさらりと言うこの麒麟が、どうしようもなく憎らしくなった



が、同時に
大丈夫、とも思った





自分のつまらない呟きも
この半身は

こんな風に

正面から

意外なほどあっさりと

すくい取ってくれる



間近の黒い袍をきゅっと握ると、景麒の掌が、柔らかく包み返してくる


「行こうか」

「はい」


ひんやりとした空気の中

お互いの手だけが

温もりを伝えた

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