花鳥風月

□ちょうのゆくえ
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ある秋の日
長雨の降る晩だった



金波宮の奥

積翠台には

真夜中にも関わらず明かりが灯っていた

明かりの中で慶東国の王は書簡を繰っている

たださすがに眠くなってきたのか、瞼の重さに抗えず、半分眸が閉じかかっている


ふいに、誰かが堂室に入ってくる気配がした


緊張で身を硬くするが、頭はいまいち覚醒しきれない


「主上」


聞き慣れた声と、見慣れた金髪に、陽子は安堵のため息をついた


「ケイキか、脅いた。何かあったのか」


主の緊張が解けたのを見て、景麒も息をつく


「何もございませんが、明かりが見えましたので」


「…嘘をつくな。大方、王気でも探ってきたんだろう」


仁重殿からはここの明かりなんて見えないからと、何やらむくれている

だが、一瞬の緊張から解放された陽子は、再び襲ってきた睡魔が邪魔して、いまいち覇気がない


「あまり無理をなさらぬよう。明日の朝議に遅れますゆえ」

戻るよと煩わしそうに瞼を擦る主は、存外ただの少女のように思えた


景麒は持っていた薄い萌黄色の羅衫を主にそっと広げる



「…ケイキ。王気って、見えないように、できないの」

「…できません」

「なんだよケチ」

「け…」


子供の喧嘩のような口調に内心苦笑する。そろそろ限界が近いらしい


「…だって…なんか、不公平じゃない……私だけ、居場所が、つつ…け…で、くびわ…して…みた…いだ、ろ…」



羅衫に吸い込まれるように景麒の胸の中に崩れる主を抱き止め、その体を布にくるめる



「…不公平ですか」



主は知らないから



王の傍にいられない麒麟が
どれだけ不安かを



探しても探しても見つけられない

不甲斐ない麒麟に射す
たった一筋の光が

どれだけの希望となるかを




(そもそも、王気を感じられないなら麒麟ではない)





そうして想いを馳せる

あの愛けない小さな麒麟を

麒麟を知らず

指令を知らず

王気を知らず

何も知らないが故に怯えていた
鋼の鬣をもつ幼子を








わかるようになった


わかるようになったのだ


主がいない不安
主を感じられない絶望


(あのお小さい体で、堪えてらしたのだ)


いつも隣に在れば、王気を探ることも、姿を探すこともないかもしれない

でもそうではないから


麒麟には、王しかないから






(だから私は、この幸せを手放す気はありませんよ)

もう二度とは






見つけたあとの

玉座と

永遠の生と

時間に取り残される

大切なひとを縛り付けているという罪は

傍に寄り添うことで償い続けよう

独りでなんていさせない




己の全ては
この主の為に






抱き止めた主の耳裏に唇を寄せる

「―――いません」


陽子は微睡みの中で
景麒の切ない声を聞いた気がした
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