花鳥風月

□いしのはな
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朝議の後
陽子が堂室へ戻ると、書卓の上に見慣れない小箱があった

朝に来たときには無かったように思う



不思議に思って手に取ると、かちりと蓋が開いた




箱の中には

小さな耳珠が入っていた



陽子の瞳を写したような


深い翠の玉



ため息が出そうな位繊細な


一対の花一輪




(誰のものだ)




耳珠をじっと見つめていると冢宰が女史とともに、山のような書簡を抱えて入ってきた


「おはようございます主上。随分熱心にご覧になっていらっしゃいますが、何かありましたか」



「ああ、ちょうど良かった浩瀚、祥瓊。これ御庫の物じゃないかな。置きっぱなしになってたんだけど」


浩瀚ははてと覗きこんだが、すぐに私は存じませんと言った


祥瓊は小首を傾げながら小箱を受けとるが、首を横に振る


「見たことないわね。これだけ素晴らしい品物なら、私が見落とすわけないもの」

「やっぱり高価なものなのか」

「値は計れないけど。玉は良いものだし、細工は一級よ。一つの玉から花弁を丁寧に彫りだしているもの。範国の創りかもしれないわ」

そんなにすごいのかとため息をつく陽子に呆れる祥瓊

「別に真贋を見極めなさいとは言わないけど、少しは関心も持ってね。でないとせっかく器量がよくっても飾らせてくれなくて、女官たちは自分達の王の自慢すらできないのよ」


若干語気が荒くなりつつも熱弁をふるう祥瓊に圧され、半歩後ずさる陽子


隣で冢宰がくすくす笑んでいる


「女史の言うことも一理ありますね」

「そう言うな浩瀚。助けてくれ」

身軽でいたい陽子は苦笑を浮かべるしかない

「いえ。この浩瀚も主上自慢がしたくてしかたありませんので」

「そんな事言ったって、昔から男に思われていたよ」

「それはなりのせいでしょう。陽子は元々肌が細やかで白いし、均整のとれた良い体つきだし、毎日玉のように磨いているんだから美人になってるのよ」


陽子は祥瓊の後ろに王気より強い何かが見えたような気がした


「これなんか凄く素敵よ、絶対陽子に合うわ。ほら陽子の瞳に誂えたみたいな翡翠…」



ふいに言い澱む祥瓊に気づいたのは冢宰だけ



「失礼いたします」


間髪いれず堂室に入ってきたのは、陽子の下僕だった


「ケイキか。今日の分の仕事かな」

「さようで」

「わかった、そこに置いてもらえるかな。そうそうケイキこれ知らないか」


書卓の上に書簡を置いていく景麒に、祥瓊から受け取った小箱を示す

「帰ってきたら此処に置いてあったんだが」

「…私は存じません」

そうだよなと呟きながら、小箱を祥瓊に戻すと

「祥瓊、これの子細がわかるまで御庫に置いておいてく…」

「ねぇ陽子。これつけてみない」


えっと、唐突な申し出に思わず訊き返してしまう


「陽子に絶対似合うわよ。」

陽子の髪と瞳はなかなか特殊だから、服も装飾も合わせるの大変なんだからねともらす

「この耳珠、本当に陽子にぴったりなのよ。御庫に在るものはどれも大きくて」

確かに、普段着飾らない陽子も、朝議や郊祀など正式な装束を身に付けるときは、装束だけでなく飾りもふんだんにつけられる。どうしても歩揺や花鈿、連珠や耳墜など、とにかく豪奢で大きく揺れるようなものが多い
小箱の耳珠のような小ぶりの品は、慶の御庫にはなかった

「この耳珠なら陽子が普段から身につけていても邪魔にしたりしないだろうし、王であることを損なわない華やかさや、品の良さもあるし。身に付けるだけで女らしいわよ」


勢いづいて捲し立てる祥瓊に、でもと渋面の陽子


「ならば」

冢宰が割って入る

「私がつけてさしあげましょう」

主上に似合うことを証明せねばと、何故か意気揚々とする浩瀚にあわてて陽子が待ったをかける

「誰かが置いて、忘れてしまっただけかもしれないだろう」

「それはないわよ。ここの片付けは大事な書簡が多いから、入る人間は限られているんだから」

「だったらなんで…」


いいからいいからと言いくるめながら祥瓊は陽子を座らせる


「台輔もご覧になりたいでしょう」

「はあ」

浩瀚は陽子の後ろに立ち、耳にかかるの深紅の髪を一房、耳に掛ける


その瞬間、浩瀚の指が頬に触れたのか、陽子の肩が僅かに震えた


浩瀚がそっと台輔を盗み見ると、その双眸に強い色が浮かんでいる


(素直じゃないんですね)


「浩瀚、本当に大丈夫だから。自分でつけられる」


主に目を戻せば、後ろから見ていても判ってしまうくらい耳を赤くした陽子がいた


「浩瀚。そろそろ時間なのでは」



焦れたような景麒の声に名残惜しそうに紅い髪先を弄り、風のように流して陽子から離れた


「そうですね。主上、ぜひお召しになってくださいね。楽しみにしております故」

数多の女官たちを虜にする優雅な笑みを残し、祥瓊を伴って退室した





「…今浩瀚から、何かの気配を感じた気がする」

「そうお思いでしたら、慎みをお持ちください」

「なんで慎みの話しになるんだ」

何故か少しむくれた風の半身に、陽子もつんけんしたくなる

「慶に女王は不吉だと言ってみたり、逆に女王だから女王らしくしろと言ってみたり。皆勝手じゃないか」

「それは…」

わかっているさと陽子は呟く。只の身勝手で言っているのではないことは分かる。

「仕方ないさ。私も自分の性分はそうそう変えられない」

小箱の蓋を閉め手を置いたまま景麒に笑んで見せるその表情が、何故か儚げで景麒は眉を潜める



「主上」

蓋の重石になっている主の掌に自分の掌を重ねる

「主上は私に、お前だけは私を信じなければならないとおっしゃった。ならば私の言も、聞いてください」


小箱から陽子の手を外すと耳珠を取りだし、一つづつ主の耳につけていく
さらさらした紅い髪を耳に掛けながら
壊れ物を扱うように、恐る恐る触れる



やはりと静かな声が落ちる

「よくお似合いです」


熱い吐息とともに低い声がかかる
秘め事を話すように

陽子がくすぐったそうに身を捩る


「わかったから」

「さようで」

主の表情をみて満足げに一息つくと、退室の辞を述べて堂室を出た




ひとりぽつんと取り残された陽子は、余りの熱さに手で顔を扇ぐ

「…あいつ」


いつか仕返ししてやると心に誓った陽子の耳に

翡翠輝く花一輪
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