花鳥風月

□つきのな
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陽子には
誰にも言えない『秘密』がある



天はお見通しかもしれないが、それでも



どんなに近しいひとにも
どんなに自分より長生きなひとにも
どんなに物を知っているひとにも

例えば半身であるひとにも




けっして明かせない
『秘密』



――――





はじめて聞いたとき
少なからず驚いた






『景麒』とは

名ではない







『慶東国』の『麒』であるという



称号



とどのつまりは肩書きだ



『景王』も肩書きだが



陽子には名がある



歴代のどの王にも、もちろん生まれたときからの名がある




名よりも字で通す人もいるが





とにもかくにも、景麒には名がない




蓬莱でも、生まれたときから『社長』と呼ばれる人はいないだろう




名がないということは
陽子にはひどく、寂しいことのように思えた








―――


書卓に向かっていた陽子は、ひとつ息を吐き、左手で頬杖をつく


右手は筆を墨に浸し、書くとはなしに硯の中で行ったり来たりする。




その行為を、景麒に横目で見られているのはわかっていた。


また小言でも言い出すかなと息をつきかけたがとくに何も言うでもなく、陽子を見ている


(何かしたかな)


そういえば最近、小言が減ったように思うが
理由は思い浮かばない



だが言いたいことがあるなら声に出して言ってほしかった
ずっと見つめられるのは耐えられない



ひとつ息を吐いて、かたりと筆をおく



「ケイキ。一息入れようじゃないか。お茶でも飲もう」





一瞬、景麒が何か考えるような顔になったが



「…わかりました。用意させましょう」


「いいよ、ほんの少しだ。隣の房室に少し用意があったろう。ケイキ、お湯だけもらってきてくれないか。」



「…はい」



何年たっても読みづらいそな表情からは、小言を言わない理由も、陽子を見つめていたわけも、わからなかった
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