花鳥風月

□ひつぜんのしるべ
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それを理解した瞬間
気分が悪くなった



『この十二の国々は天帝の箱庭なのだ』と





その意に沿わなければ

張り巡らされた見えない網に絡めとられ

命は消し去られてしまう



いや命だけでなく

箱庭を眺めるそれの御息でさえ、世界を吹き飛ばせるだろう



わたしは孫悟空か



檻から出ようと暴れる孫悟空

檻が釈迦の掌とも知らず、ただただ己の力を過信して

躍らされている






泰麒を救いたいと願うことが

諸国の王と、手を取り合おうとすることが



自分たちの意思ではないものに左右されるのか


しかも王として、右か、左か、どちらも選びたいのに




くつ




と、声がもれた

隣の景麒が眼だけで主を盗み見たが、主はその視線にも、もれた自嘲ともとれる声も、自身の険しい表情にも、気づいていないようだった





『そんな顔してたってなにも解決せん。俺は俺がやらなきゃならんことをする。おまえはどうする』


脳裏に雁国の主、延王尚隆の声が甦るが


その問いに対する答えは
出てこなかった


自分が決めたことも


泰麒が消えたことも


もしかしたら、そうしむけられたのかもしれない


今までのこと全て


誰かの脚本通りだとしたら




気分が悪い




自分自身ですら信じられない







「…主上」




自分を呼ぶ僕の声に
ふと
我にかえる




そう
この仁の生き物が
最もこの世界の制約を受けて生きているのではないか
抗えない本能として




呼ばれて自分をじっと見上げてくる主の翡翠色の瞳を見返しながら、景麒は呟いた




「そんな顔をしてはいけません」


「…ああ。わかっているさ」



未だに読みづらい、のっぺりした自分の半身。細かいことに煩く言う麒麟。


「心配しなくていい。私は大丈夫だ」


「……そうですか」


少し不満の混じった声音で、だが淡々と続ける


「そのように眉を寄せられては、いかようにおっしゃられても説得力がありませんが」


「だから、わかってるってば」




しまった


と思ったときには、荒げた声が口をついて出ていた

出てしまったからにはしかたない

取り返せないし、取り消すこともできない


景麒は一瞬、紫苑の眸を瞬かせたがそれだけで、相も変わらぬ無表情で口を閉じた


「…っ」


沈黙が落ちる


いっそ怒ってくれればいいのに
『王らしくない』とか、嫌味でも言えばいいのに


なんだよ


やり場のない憤りが、陽子の躯中を掻き回す


沈黙に耐えきれず、何かを投げつけたくなる衝動に危険を感じ、堂室を出ようと戸口に向かったその時

静かに景麒の声が降ってきた

「…申し訳ございません」




瞬間、陽子は僕に掴みかかっていた


「なんで、なんでお前が謝る。悪いのはわたしだろう。八つ当たりしてるわたしが悪いんだ。なのに…」


なんでお前が謝る



感情の昂りすら制御できず、喚き散らしている

子供っぽい

みっともない

悔しい





悔しくて苦しい



「そうやって」


少しだけ眉を寄せた双眸を伏せ、申し訳なさそうに俯く


「主上はご自身をわかってらっしゃる。泰麒の事も、思う通りにできない事も、八つ当たりの事も。…わかってらっしゃるのに、私が言い過ぎたと…」



急激に、陽子の躯から力が抜けその場にへたりこむ



なんだよ


なんなんだよ



ばか



情けないかな、力が抜けたまま、床に突っ伏す


「…主上」


気遣わしげに屈み込んでくる僕の気配に、悪態をつくのを抑えて顔を上げる


「…手を」

「は」

「手を…貸してくれ。立つから」



疑問や不信はある


全て定められた途なんて
正直願い下げだ



それでも



今自分にあるものを
差し伸べられているこの掌を
決して逃してはいけない

そう、感じる




何もしなければ


『手に入らない』


という必然が待っているのだろう






ならば掴むしかない





「お前は初め、『こんな主人は願い下げだ』と言っていたが」



零れた言葉に、眸を丸くする僕



「『こんな主人』でもやれることがあるだろう。だから」



嫌味でも苦情でもなく

自分にできることなんて

まだわからないから



「手を貸してくれ。立つから」


翡翠の眸に強い光が

光の角度なのか

黄金の輝きが宿る


その輝きに惹かれるから


「御意」


主の温かい掌を取る







景麒のぎゅっと寄せられていた眉間がふと緩み、微笑っているように見えた
陽子は驚きの一拍後、ちょっぴり満たされたように微笑み返す




この途が、誰かの決めた道筋だとしても

言葉が足りない癖に煩い、感情も読みづらい半身だけど


わたしにはきっと、そんなお前だ



そう
わたしたちは出会うべくして出会った

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