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今回へいターン!っと言う事で再度編集して解禁してみることに致しました。

テーマは「お月見」。中秋の名月、いわゆる十五夜です。
日取り的にはもう過ぎてしまいましたが…
どうぞ、少し過去に戻って楽しんでみてください。

一連のメルマガを見ている方はご存知かと思いますが、薄桜鬼の面々が獣の神使として登場しています。
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〜桜の便り〜


ではでは…
一夜の夢をどうぞ楽しんでください。









月が綺麗な夜…今夜は十五夜。
我が家にやってきた狐の平助に連れられて、私は不思議な場所へと歩を進めていた…。


「よっし、到着!」

先に立って歩いていた平助がくるっと振り返って笑う。
どうやら入口に着いたようだ。
背後に見える月が彼の笑顔を淡く輝かせていて、何だか私までわくわくしてしまう。

とはいえ…
人の身で訪れたのでこれからどうすれば良いのかは分からない。
そわそわと様子をうかがっていると、
「とりあえず…ようこそ、俺たちの住処へ!」
平助は嬉しそうにそう言って、私の周りで道を照らしていた狐火をはじけさせた!



ポンポンポンッ!!
軽い音と共に…光の残滓が私の周りを取り囲む。
一体何が起きたのか?
驚いて目を見開いていると、

「へへっ、びっくりした?俺の狐火でお前にちょっとした結界を張ったんだ」
どうやら、不思議な膜で私を覆ってくれたらしい。
自分の手の平をみると、うっすら靄がかかっている。
「これでお前から出る人の気配は薄れたから」
得意げに言う平助に私が頷くと、彼はふいに声を潜めて真剣に言った。
「ここから先はさ、一応…神様か神使の獣しか入れないことになってんだ」
その言葉にチラッと入り口に目をやると、平助は“そう言う事…”っと言うように小さく頷く。

この誘いは、どうやら本当に特別なもののようだ。
今頃になってドキドキと心臓が高鳴り出す。
緊張と不安と、けれどそれだけでは無い高揚感が湧きあがってくる。

「だからなるべく気配は殺して…できれば声も出さないようにな!」
けれど、ここまで来て後には引けない。
了承の印にコクコクと頷いてみせると、平助もコクッと確認のように頷いて…満面の笑みを浮かべる。
「よし!」
言うや、彼はごそごそと何かを取り出した。
「それから、はい、これ。頭に付けとけば耳に見えるから」
平助とお揃いの…狐の耳と思しきものを差し出してくれる。
耳?っと私が首を傾げていると、
「さっき葉っぱで急いで作ったんだ!それ付けてれば人には見えないし、安心しろよ!!」
平助は胸をドンと叩いてそう言ってくれた。
…どうやら狐お得意の妖術?的なものらしい。

私は恐る恐るその耳を付け、どう?っと平助に向き直る。
平助は大きく頷いて笑った。
そして…
「よし、これで大丈夫だ!行こうぜ!」
準備万端!っとばかりに手を差し出してくれるのだった。


私は彼が差し出してくれた可愛らしい手を取り…
宴が行われているという、普段は決して立ち入ることのできない場所へと足を踏み入れた。


〜〜〜☆〜〜〜


「よう、平助!」
「あ、左之さん!どう?月の見え具合」
「そりゃ良いに決まってるだろ?そのためにこの場所で宴を開いてんだからよ!」
少し進むと、虎の耳と尻尾を持つ…“左之さん”と呼ばれる神使が平助に声をかけてきた。
背が高くて男前だ。

「よう、平助!!早く混ざれよ、もう皆酒入っちまってるぜ?」
そんな二人の会話に割って入るのは、おそらく猪…と思われる、とても筋肉質な神使だ。
「新八っつぁん、あんまりぐいぐい行くと、最後にはつぶれちまうぜ?」
平助はそんな彼に苦笑を返しながらも、酒が回される輪へと進んでいく。
私は平助に手を引かれながら、こんなに大勢の輪に入って行って良い物かと少し迷う。
バレやしないだろうか?

「ほらほら、おめぇもさっさと混ざれよ」
まごまごしているのに気づいてか、左之さんが背を押してくれた。
平助も来い来いと手を引いてくれている。
「…」
戸惑っていてもしょうがない。
私はこくりと頷いて、緊張しながらも酒の席へと加わるのだった。


「いや〜〜、しかし今年は千鶴ちゃんだったとはなぁ、月見もますます盛り上がるってもんだな!!」
新八っつぁんと呼ばれた猪神使が豪快に杯を空けながらそんな事を言った。
私はちびちび酒を飲み…そんな神使達の会話に耳を傾ける。
「だな。この場にいねぇってのはちょっと残念だが…一生懸命餅突いてるのを見物できるだろうよ!」
左之さんも、新八っつぁんの言葉に頷いている。
「今日は天気も良いし、千鶴もそろそろ無事に月に着くよな?もう見えて良い頃合いなんだけど」
平助は、彼らの会話に返しながら、どこか待ち遠しそうに月を見上げている。
やや頬が上気していてなんだか可愛い。


「おう、皆来てるな!」
「あ、近藤神様!遅いじゃん、こっちこっち!」
そこへ、どうやら神様が来たらしい。
いかつい顔の、けれどどこか優しげな神様は、平助の手招きにニコニコと笑いながら歩み寄ってきた。
これが神様かぁ…っと見上げていると、近藤神様は、ニコニコの笑顔をますますニコニコにさせて平助に歩み寄った。
「平助、お前の社の主殿が喜んでたぞ?十五夜前で忙しいうさぎ君の手伝いをしてやったんだって?偉いぞぉ!!」
そして、言うや平助の頭をぐりぐり撫でまわす。
「わ、ちょ、近藤さんやめてくれよ;」
「はっはっは!照れるな!!」

思わず笑いがこぼれそうになるほど近藤神様は嬉しそうだ。
だが、うっかり声を出してこの宴から帰るのは残念だ。
私は口に手を押し当ててこらえる。

「近藤神様!!こっちにお茶とお菓子用意してますよ!」
そこへ、猫の神使がやってきて…キラキラと綺麗な瞳を輝かせて近藤神様に寄ってきた。
猫の目は夜に綺麗に光るけれど…彼の目も、とても綺麗に光っていた。
「おう、総司!!すまんな!」
「僕は近藤神様の神使なんですから別にお礼なんて良いですよ」
「そういうわけには行かんぞ。感謝は相手に伝えねば意味が無いだろう?ありがとうな、総司」
「敵わないなぁ」

どうやら猫の神使は総司と言うらしい。
嬉しそうに近藤神様を席へ案内する姿を微笑ましいなぁっと見ていたら…
「…」
ふいに彼が振り返ってバチッと目が合ってしまった。
(!!!?)
何かを探るような鋭い視線。
もしやバレた!?っと思いながら、逸らすことも出来ず固まっていると…
「ふぅん?」
…含むような笑いを残してすっと視線が逸らされる。

い、今のは一体…
ドクドクと落ち着かない心臓を持て余していると、
「大丈夫、総司はすっげぇ鋭いけど…近藤神様の害にならない限り、大抵の事は気にしねぇから」
平助がこそっとそう言ってくれた。
良いのかそれで!?っと思わないでもないが、平助が大丈夫と言うのだから大丈夫だろう。


「あ、一君!遅かったじゃん!」
ほっと一安心していた所に、また別の神使が現れた。
「ああ平助。隣山の弁財天殿の所に行っていてな」
真面目で硬い印象のある…一君と呼ばれた神使は、すたすたとこちらまでやってきて、平助が差し出した杯を受け取った。
「相変わらず忙しそうだなぁ、一君は真面目すぎんだよ」
「俺は己の仕事をしているだけだ」
「まぁそうなんだろうけど…」

二人の会話に聞き耳を立てながら、恐らく犬の神使であると思われる一君を見る。
左手で杯を傾けていると言う事は…左利きだろうか?
ついじっと観察していると、逆に一君に見つめ返されてしまった!
「見ない顔だな…。狐の耳という事は平助の眷属か」
…やばい、何だか疑わしい視線が熱い!!バレる!?

どうみても狐の耳にしか見えないけれど、実は葉っぱで出来ている耳をじっと見つめられ…すごい緊張感だ。
私がだらだらと冷や汗をかいていると…
「え、あ、うん、そうそう!!せっかくの月見だし、連れて来てやろうって思ってさ!」
平助が視線を遮るように一君に酒を奨め…
私は慌てて視線を逸らす。
そして、それとなく平助の後ろに隠れる位置にずれ…
無暗に食べ物を口に入れるのだった。

「…そうか。もうすぐ餅つきも始まるだろう、楽しめ」
一君はそう言うと視線を逸らしてくれた。
ほっ。
もう一君を見つめる事はすまい…っとあらぬ方向へ視線を向けた時、今度はまた別の神使と目があってしまった!!
怪訝そうな顔でこちらをうかがっている。
一君と似ているが…こちらの方が鋭い印象。
(狼…?)
恐らくは黒い狼だ。
秀麗な顔を厳しくして、じっとこちらを見ている。
ど、どうしよう…
思わず助けを求めるように平助をつんつんすると…
平助は振り返って、私が何を言わんとしてるかを解き明かそうとしてくれる。

「ああ、あれは土方さん。近藤神様とすっげぇ仲良いんだけど、総司とは良く喧嘩してんだよなぁ」
いや、そういう事では無く!!
「男前だろ?土方さんは狼で、怒るとすげぇ怖いんだ」
いやいや、そういう事でもなく!!
「でも酒に弱くってさ〜。こういう席だし、何杯かは飲んだんだろうけど…」
そこまで言うと、平助はぷくっと頬を膨らませて笑いを堪える。
狐の右手がその口元を抑えていて、見ていると可愛い…
って、そんな場合ではないのだが。
「あの怒ったみたいな顔。実は何とか意識を保とうとしてるだけ」
ぷふふっと言う平助は、悪戯をする子供のような表情だ。
「おっかねぇ顔しちゃってさ。今日は総司がいるし…醜態さらせねぇじゃん?」
な、なるほど…そうなのか。
私を睨んでいるわけでは無い事がわかりほっとしたものの、迫力ある光景はやはり落ち着かない。


出来れば他の方向を睨んでくれない物だろうか…っと私が思っていた時だった。


「あ!!月に千鶴が着いた!!」


突如、平助が立ち上がり、興奮したように叫んだ!
(え?)
私もつられて空を見上げる。
「おお、無事に着いたかぁ!」
左之さんも立ち上がり、
「来た来た!頑張れよ〜千鶴ちゃん!」
新八っつぁんも酒瓶片手に大声でそう言った。
「無事に着いたか」
一君も、嬉しげに月を見上げ、
「良かった、千鶴ちゃんの事だからどこかでうっかりしないかと心配してたんだけど」
猫の総司も、手で庇を作りながら月の光に目を細めている。

「おいトシ!!どうやらうさぎ君が着いたようだぞ!」
近藤神様も嬉しそうな声を上げ、
「え!?お、おう、そうか。そりゃ良かった」
近藤神様に肩を叩かれた土方さんも先ほどまでの厳しい顔をはっとさせ、月を見上げた。
そして私も…
皆と同じように月を見上げていた。


(うわぁぁ〜)
そこには、美しく輝く月と、うさぎが餅を突く光景が見えた。
お伽噺で語られる光景とはこういうものだったのか。
とても不思議で、とても美しくて、そして微笑ましく…
けれど、自分の世界とは違う光景だという事を痛感もした。

皆が嬉しそうにうさぎさんの名前を呼んでいる。
きらきらと降り注ぐ月の光の下、薄(ススキ)に囲まれた不思議な場所で、獣の神使達が酒を呑み…
月に行って餅を突いているうさぎを見上げながら、楽しそうに笑っている。

この空間にいる事は、きっと一夜の夢…
でも、それがとても嬉しい。

「おやおや、うさぎ君は着いたかね」
「わっ、源さん着てたんだ!何だよ、声かけてくれよ〜」
「いやぁすまないねぇ。ちょっと奥で月見うどんを作ってたものだから」
「マジ!?後で食おうっと!」
月でうさぎさんが餅を突き始めると、どこからともなく…わらわらと神様や神使達が現れた。
「うさぎ君は無事到着しましたか?」
「あ、山崎君!ついさっき餅突き始めたみたいだぜ!」
「そうですか、良かった」
先ほどまではいなかったはずの方たちも、皆、嬉しげに月を見上げている。
「おやおや、随分大きな杵を使うのですね。大丈夫でしょうか?」
「あ、山南さん。千鶴なら大丈夫だって!あいつの杵は、うさぎ専用の特別仕様なんだぜ?」
「ああ、そうでしたね。月へ行くうさぎはそれが使えなくてはいけませんからね」
「そうそう!千鶴は修行を怠ったりしねぇからさ!」
会話の端々に、私には及びもつかない世界の話が漏れ聞こえる。

「始まってしまいましたか!ふぅ、うさぎ君は頑張っているようですね」
「あ、島田君!」
「相変わらずうさぎ君は可愛いねぇ」
「大鳥さん、あんた外国行ってたんじゃ…」
「あらあらvうさぎ君は人気者ね、妬けるわぁ」
「い、伊東さん…」


色々な顔ぶれが集まる中、私はそっと輪から離れた。
何となくだけれど…
平助が施してくれた結界が薄くなっている気がしたのだ。
彼が、月にいるうさぎさんに意識を向けているせいかもしれない。
きっととても大事な存在なのだ。
それが分かる位、平助の瞳はきらきら輝き、嬉しそうに空を見上げていた。
私も自然に口元が緩む。

だが、これ以上長居するときっと本当にバレてしまうだろう。
バレるとどうなるか…という事までは聞いていなかったけれど、平助に何か罰が下っても大変だ。
そっと元来た道へと進みながら…最後に、月を見上げている平助を振り返る。
「ありがとう、平助」
ぽそっと呟いた瞬間、平助が驚いたようにこっちを見た。
ばいばいっと手を振ると、私は一目散に駆け出す。
「あ、おい!!」
慌てたような声を後ろ背に聞いたけれど、私は振り返らずに元来た道を走った。


多分あってるはず…っとひた走っていると、
「…人か。良く入り込んだものだ」
どこからともなく、そんな声が聞こえた。
思わず声のした方を見ると、土方さんと同じく狼らしき神使が口の端を軽く上げて笑っているのが見えた。
狼とはいえ、彼の印象は土方さんとは真逆で…
態度はどこか尊大、そして輝く銀色の耳と尻尾を持っていた。
銀狼…っという事だろうか。
(み、見つかった…?)
もしや、この短い間に捕えに来たのだろうかと焦っていると、彼はさして慌てるでも無く近づいてきて…
「ここは人が踏み入る領域では無い。お前の足では闇雲に走っても扉に着かんぞ」
馬鹿にするように鼻をならした。

私は“なんですと!?”っと慌てる。
もう声は出して良いのかもしれないが、今まで声を出すなと言われていたので相変わらず無言でそんな事を思う。
「当然だろう。人が簡単に入り込めては人と神の境界が無くなる。…ん?」
その無言の心内が読み取れるのか、銀狼神使は肩を竦めてそう言い…どこかあさっての方向を見てくつっと笑った。

私はその視線の先を追うどころではなく、ぐるぐると混乱した頭で“じゃあどうやって帰ろう…っ”と考えていた。
来た道を戻っていたつもりだったが、そういうわけにはいかないらしい。

と、銀狼神使は、
「なるほど、狐の仕業か。相も変わらず人を好く奴だ」
ぽつりとつぶやいて私に視線を戻した。
「?」
その言葉に顔をあげると、秀麗な顔と正面から対面する事になった。
一瞬ぽかんとする。
戻れないことに気を取られていたが、改めてみるとえらく綺麗な人…では無く神使さんだ。
見とれているのに気を良くしたのかどうかは不明だが、彼は
「まぁ良い…人の世に戻れ」
っと呟き、私の体をとんっと軽い力で押した。

軽い力…と思いきや、思いがけず体が横に倒れる。
「え…?」
そう思っている間に、彼が段々と遠ざかった。

「おお〜〜〜〜い風間!俺に気づいてんのに勝手な事すんな〜〜!!」
「お前が遅いから悪いのだろう?」
「誰が…って、ちょっ、お前そいつに何したんだよ!?」
「ふんっ、馬鹿狐が。見てわらかんのか?俺は親切にもこの者を人の世に返してやったのだ。感謝しろ」
「誰が馬鹿だよ!!せめて扉まで連れてけよな!!」
「俺の術は完璧だ、滞りなく、あの者は元いた場所に戻るだろう」
「ホントかよ!!?おい、お〜〜い!!ありがとな!また会おうな!!気を付けてな〜〜!!」

なす術もないまま私は宙に放り出され…
風間と呼ばれた神使と…駆けつけたらしい平助の声を聞くのだった。

そして、私は何時の間にか意識を手放した。


〜〜〜☆〜〜〜


「千鶴!お帰り!!」
「ただいま、平助君!!」



月から帰ってきた千鶴を、平助は駆け足で出迎えた。
千鶴も、嬉しそうに月へ行く為の牛車から降りてくる。
「餅つき、すごかったじゃん!下からも見えたぜ!」
平助が労いの言葉をかけると、
「うん、頑張っていっぱい突いたよ!!」
千鶴は嬉しそうに微笑んだ。

そして、
「皆、お前の帰りを今か今かって待ってるからさ、行こうぜ!」
平助がいつものようにその手を差し出す。
「うん!」
千鶴も、皆へのお土産の月見団子を片手に抱えてその手を取る。
二人は、宴の開かれている道を一緒に歩いた。

「あのさぁ、千鶴」
「ん?なぁに、平助君」
歩きながら、平助はふと考えるように彼女に声をかけた。
千鶴がぴょこんと首を曲げて彼を見上げると、
「実は、さ。もう宴からは帰っちまったんだけど、月見団子、分けてやりたい奴がいるんだ」
平助は、ちらっと彼女を見てそう言った。
「うん、良いよ?」
勿論、彼女に異論はない。
平助の友人ならば、是非食べてもらいたいというものだ。

にこにこしている千鶴に、平助はきょろっと辺りを確認してから囁いた。
「…そいつん家のさ、月見団子すっごく美味しくてさ」
「うん?」
「嬉しくなって、礼代わりにこっそり宴に招いたんだ」
「え…、あっ!」
彼の言わんとしている事に気づき、千鶴は身を縮めるように耳を折りたたんだ。
「じゃあ…もしかして?」
人を招いた事は、皆には秘密だ。
約一名、完全にばれてしまった相手もいるが…
そこはそれ、あの男はあれで考えが深い…と思われるのでなんとでもなるだろう。

千鶴が内緒話体勢に入ったところで、平助は小さく頷いて先を話した。
「うん、そう。俺、そいつに結界張ってたんだけど…途中で薄れちまったみたいでさ。月見の途中で、そいつ自身がそれに気づいて帰っちまったんだ」
「そっか…。バレて平助君が怒られるかもって思ったのかもね」
平助の言葉に、千鶴は思い巡らすように深く頷く。
「うん…、礼のつもりだったのに、何か悪い事しちまったなぁって思ってさ」
平助は、少し寂しげにそんな事を言う。

途中介入の風間の事もあり、結構心配だった。
ちゃんと帰れただろうか?
風間はああ言ったが、元いた場所に戻れていなかったら大変だ。
悶々としている平助の横で…
「その人はきっと怒ってないよ」
千鶴は確信しているようにそう言った。
「そうかな…」
そして自信無げに言う平助に、
「うん。だって平助君が招いた人だよ?きっと楽しんでくれたよ」
そう言って笑った。
「…うん」
平助も、心持ち笑顔になって頷く。

平助はへへっと照れたように笑って千鶴の手を改めて強く握る。
「そうだよな。よし、じゃあ、二人で一緒に団子のおすそ分けに行こうぜ?」
「うん!」
「そしたら、あいつがちゃんと帰れたかも分かるし…きっと喜んでくれるよな?」
「喜んでくれるよ!!」

二人は頷き合ってこっそりとそこへ赴き…
美味しい特別な月見団子を、見つからないようにそっと盛り付けてくるのだった。


「大成功!」
「だな!!」


〜〜〜☆〜〜〜

私はぼんやり月を見ながら庭先で月見団子を食べていた。
花瓶には薄を飾り、さやさやと涼しい風を頬に感じながら…
団子と同じく、真ん丸な月を見上げる。
「綺麗…」
本当に綺麗だ。
あそこにうさぎはいるんだろうか?
今頃餅を突いているところだろうか?
想像すると、とても楽しい。

もぐもぐ…
団子を食べながら月を愛でていると…
「あれ?」
ふいに不思議な事に気づいた。
先ほどから結構食べていたはずの月見団子が増えている。
「???」
思わず呆けて、一番上にある団子を一つ手に取る。
何の変哲も無い、月見団子だ。
一口食べる。
「あ、美味しい…」
それは、とてもとても美味しい月見団子だった。

不思議な事もあるものだ。
けれど、こんなに月が綺麗な夜なのだ。
ちょっとくらい不思議な事があったって良いだろう。
そんな風に思うと、気味悪い…と思う前に嬉しくなる。

きっと月のうさぎがおすそ分けしてくれたに違いない。
私は月を見上げて笑った。
「ありがとう!!」

聞こえるはずはないけれど、どこかで遠くで

“どういたしまして”

っと言った声が聞こえた気がした。


==☆==

「ふぅ、やれやれ、やっとゆっくりできるな!」
「そうだね!」
神々の地へと戻った二人は…
お気に入りの木の根に腰かけて一息ついていた。
空には真ん丸なお月様。
今は月にうさぎの姿は見えない。
それはもちろん、千鶴が今、平助の横にいるからに他ならない。

その事を嬉しく思いながら…平助は月を見上げる。
千鶴も、平助の横で安心したようにくつろいでいる。
二人はしばし、心地よい月の光に包まれて寄り添っていた。

「綺麗だな」
目を細めて言う平助に千鶴もうなずき…
「うん。あ、平助君、これ…」
ふと、懐から包みを取り出した。
「あ、千鶴のついた団子?やった!!」
それは、約束していた月見団子である。
平助は嬉しそうに目を輝かせた。
「ちょっと少なくなっちゃったけど…」
かさかさと広げた包みの中には、確かに三つほどしか団子が乗っていない。
けれど、
「全然良いって!いっただきま〜す!」
二人で食べるには十分だ。
平助はそう言って、差し出された団子の一つを手に取るのだった。
「うん!」
千鶴も元気に頷き、平助と一緒に団子を頬張る。

「うっめぇ!!」
食べるや、平助は耳をピ〜〜ンっと立てて声をあげた。
「えへへ、そうかな?」
千鶴も、照れたように耳を垂らして、けれど嬉しそうに微笑む。
「うん、マジで美味い!」
「良かった!じゃあこの最後の一個は平助君にあげるよ」
そして、褒めてくれる平助に、最後の一個を差し出すのであった。
「え、良いの?」
思わず身を乗り出す平助だが…
「うん」
ニコニコ顔の千鶴の手の中にある団子を見て、急に神妙な顔になった。

「…いや、千鶴が頑張ってついた団子だし、やっぱそれは千鶴が食えよ」
そして、うん、それが良い!!っと彼女に団子を戻す。
「え、でも」
千鶴は戸惑ったような顔で平助を見るが、
「いっぱい修行して、遠い月まで行って得た大事な団子だろ?」
「そうだけど…」
きゅぅぅっと目じりが下がる千鶴に、平助はにかっと笑う。
「お前が食うのが一番良いって!」

が、予想に反して千鶴は涙目になった。
ぽんっと半獣姿になってしまう。
「ぴぃぃ…」

「え、なんで!?俺なんか悪い事言った?」
平助は慌てて千鶴の頭をなでるが…
半獣姿のまま千鶴はきゅぅきゅぅ言っている。
そして、
「ごめんね?あのね…頑張ったからこそ、平助君に食べてほしかったの」
そう言って、ぴょんぴょんっと跳ね、木の影に隠れてしまうのだった。

「…」
言われた平助は頬が染まる。
嬉しいやら、どうしたものやら。
置き去りにされた最後の団子を大事に手で包み、平助は千鶴の隠れる木まで近寄っていく。
「千鶴?なぁ」
「うん…」
小さくうなずく声に、彼は優しく声をかける。
「あのさ、そんな風に言われてすげぇ嬉しいんだけどさ」
「…」
「やっぱ俺一人食うのはずるいじゃん?だから、さ。最後の一個は半分こしない?」
「半分こ…」
「うん、前にお稲荷さんもそうしただろ?」
「…うん」

ひょこっと恥ずかしそうに顔を出す千鶴は元の姿に戻っていた。
そして、手招く平助にぴょこぴょこ寄って行くのだった。

二人は仲良く団子を食べ…
手を繋いでいつもの住処に帰っていく。
もうすぐ日が昇る…
一夜の夢も…もうじき終わりを告げるのであった。



〜おまけ〜

「なぁ」
「ん?なぁに?平助君」
「いや…何っていうか…千鶴の半獣姿って可愛いのな」
「!!?」
「ふわっふわでさぁ」
「い、言わないで〜!」
「え、何で!?」
「か、可愛くないもん」
「そうかぁ?可愛いと思うけど」
「可愛くないったら!」
「いや、可愛いって!」
どうやら千鶴は、半獣姿の自分がお気に召さないらしい。
確かに、半獣姿は動きを速めるためであったり、より獣の力を使えるための技術である。
千鶴の姿は…可愛いが機能的とは言いがたかった。

そして何より…
「うう、一人前の神使は半獣になるのも自分の意思で出来るのに…」
意思を揺らがせて、突然変化してしまった事を恥じているようである。
「あ〜、千鶴って変化は苦手そうだよなぁ」
平助もその事は何となくわかるらしい。
苦笑しながら、まぁまぁっと千鶴の頭をなでてやる。

「だからあんな風になっちゃうの」
そして、あの姿の話に戻る。
「…ん〜〜、でもやっぱ可愛いと思うけど」
「可愛くないったら〜!」
「だから可愛いって!」
「ぴぃ〜〜!」
結局、お互い平行線のまま、この話は先に進まないまま社に到着してしまうのだった。


=終=


「来てくれてありがとな!!」


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