遙か創作
□最愛の人(季あ)
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そうしたら、雨は止んで怜司に会ったんだ。
──季史さん…
遠い記憶の中、あの人の声がする。
──季史さん…
…私が、何もなかった人生の中で唯一愛した…
いや…“人生”ではなかったな…。
私はそなたに会う頃にはもう…
“人間”ではなかったのだから…。
「っ…!今の…なんだ…?」
ベッドから勢い良く起き上がり、夢の中の言葉を思い出す。
明らかに自分の声のはずなのに、自分の口調ではない、自分の記憶にはあるはずのない…胸に込み上げる感情。
(…なんなんだ…)
ふと窓の外に目をやると、止みそうにない雨が降っていた。
(雨…まだ止んでなかったんだな…。)
──泣かないようにしようと思ったのに…
「…誰なんだ…」
──そなたは…私のために泣いてくれるのか…
「!」
──そなたは……優しすぎる…
あの人と共に、桜の花を見た。
夕暮れの風に吹かれた。
「なん…だ…」
──そなたの微笑みが、優しい声が…暖かい手の温もりが
何よりも、愛しかった…
──あかね…
「…あか…ね…?」
(誰だ…それ…)
切ない感情を抱きながら、俺はただただ雨を眺めていた。
「季史さん」
「っ…!?」
「わっ…びっくりした…そんな勢いよく振り向かなくても(笑)」
「…悪い。考え事してたから…。」
(…“季史さん”…)
一瞬、あの声の主かと思ったんだ。
実際は…同じ職場の女性だったが。
「…何?」
「あ、そうそう♪私の友達が今度季史さんと飲みに行きたいって言ってて…」
「悪いけど、俺、酒好きじゃないから。」
「そ、そっか…。」
(………)
俺は無駄に人と馴れ合うことが嫌いだ。
話したこともない奴なら尚更。
──季史さん…
なのに何故か…
あの声の主とは話したくて仕方ないんだ。
「最近雨多いな…。」
週末。
特に予定のない俺はぼんやりと空を眺めていた。
雨が静かに降り出した空を。
(……あかね…)
──私はそなたが…
(恋しい…)
「!」
(何がだ?なんで“恋しい”なんて…)
──あかね…
「お前は…誰なんだよ…。」
(“二重人格”…違う。)