遙か創作

□最愛の人(季あ)
1ページ/4ページ


そなたから与えられたこの感情…

ひどく温かく、ひどく優しいこの感情を…

私は…胸に刻み、消えるのだ。














「季史」

背後から名前を呼ばれ、振り返る。

「あぁ…怜司か。」

街中で声をかけてきた怜司(れいじ)という男は大学時代、俺と一番気の合う奴だった。

「相変わらずクールな奴。久々に会ったのに“あぁ…怜司か”だけか。」

怜司は笑いながら言う。

「そう言うお前も、冷静じゃないか。」

「ま、そうだな。俺たち昔の友人に会ったからって騒ぐタイプじゃないし。」

「あぁ。それに昔って言ってもそんなに前じゃないしな。」

「…お前、今何歳だっけ?」

「おい。」

「嘘だっての。23だろ。…おっさんだな。」

「同年齢が何を言う。」

「くっ。ほんと、相変わらず。」

「…仕事か?」

スーツに身を包んでいる怜司を見て、俺はそう言った。

「今は昼休み。昼飯食って、帰るとこ。季史は?」

「俺は…女の所に行こうとしてた。」

「うわー…。」

「冗談だよ。」

「笑えねぇ。」

「ははっ」

その時口にした言葉は…冗談なんかじゃなかった。











「ただいま」

そうは言っても誰も出迎えたりはしない。

(一人暮らしなんだから当たり前。)

割と幼い頃に両親は離婚。

俺は母親に引き取られたが、その母親は他に男を作って俺を捨てた。

以来、俺は一人で生きてきた。

(…………)

「…ん?」

突然、窓の外からポツポツと音がした。

「雨降ってきたのか…。」

(…雨…)



──季史さん…



(…またか。)

雨が降ると、必ず聞こえる声。

優しく響く少女の声。

…どこか…泣いているようにも聞こえる、少女の声。

(…誰なんだ…)

物心ついた頃から、雨が降ると聞こえるようになった、俺の名を呼ぶ声。

「……」

知らない声なのに、知っているような気がして。

(…寝るか。)

懐かしい心地さえするんだ。










昼間も…


「うわっ…!」


「おかーさーん、雨降ってきたぁ!」


「傘持ってないしー!」


街行く人々がそんな風に口々に晴れた空から突然降ってきた狐の嫁入りに文句を言っている頃、俺は家の中であの声を聞いていた。



──季史さん…



(…いつもより声が近い気がする…)

そう思って、俺は傘を手に取り街へ出た。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ