色んな意味で謎。

□別【さようなら】
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バシッ


ガランとした事務所に乾いた音が響き渡る。
一瞬何が起きたか解らず、我が輩はただ相手を見つめた。

「――…仕返し」

いつもは五月蝿いくらいに甲高い声が、
今回はどうしたことか落ち着いて奏でられている。

「……いっつもアンタに酷いことされてきたんだから…」

黙って見ていると、
頬になにやら液体が伝っているのに気づく。



これは……涙、と言ったか――………?


人間は、この液体を目から出すことで、感情を表すのだと
いつだったか教えられた

アヤの事件のとき、そしてHALのパスワードを解いたとき
この奴隷は同じように、これを流していた


不意に顔を上げると、泣き顔を隠すことなく、奴隷
――ヤコは真っ直ぐ我が輩の目を見て、

こう告げた


「…いいでしょ?最後くらい」


* * *

魔界に帰る。

突然そう告げられて、私は呆然とした。

勝手に押し付けられた主従関係。
散々かき回されてきた、私の日常。
そこからようやく解き放たれるのだ。

嬉しくて
嬉しくて

仕方が無い

だからこの涙は

きっと


嬉し涙。


……きっと、






バシッ


反射的に、振り上げた手。
それはためらいなく、魔人の頬を打っていた。

銃で撃たれても死ななかった奴だ。
これくらい、何とも無いはず。

それでも、
彼は驚いたように私を見ていた。

「…仕返し」

止まらない

止まらない、涙。

―――…あれ
何でだろ……

声が、震えて………?

「……いっつもアンタに酷いことされてきたんだから…」

顔を上げる。
思いっきり魔人を睨み返してやったつもりなのに、

なのに

視界が霞んで、何も見えない

「…いいでしょ?最後くらい」



袖でぐいと涙を拭い、震える肩を抑えながら無理矢理口角を上げる。

……これが私の、最初で最後の仕返し。
ちょっとは動揺してくれた?


ねえ、

ネウロ。

* * *

赤くなった目。
拭われたはずの涙は、再びそこから滲み出す。

……つくづく、人間とは厄介な生き物だ。

その表情が
我が輩をどれだけ不快にさせるか

ヤコ

貴様は知る術もないだろう

だから静かに目を閉じて
自ら視界を遮って

「さようなら 先生」

ふわり、浮遊感。
そのまま魔界へと繋がる空間へ、その身を投じる。

ふと目を開くと、ヤコは無表情で我が輩を見送っていた。

「……ヤコ」


* * *

呼ばれた、気がした。

あいつが消える瞬間に。


気がつくと、そこは元の事務所。
何事も無かったように、閑散としている。

「……ネウロ」

全ては、夢。

謎を喰う魔人の存在も、脅されて探偵をしてたことも

私の“日付”が変わったことも

妙にリアルな、夢だった

それが
ある日突然醒めただけなのに

「―――……ッ」

急に力が抜けて、私は冷たい床にへたり込む。

窓から差し込む夕日が、やけに赤かった。
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