未知の君
ここはどこなの?
私は確か大きな穴に落ちた筈なんだけど……
「あ、きがつきました?」
「此処は…?」
気がつくとベッドの上にいた。どこかの医務室か何かだろうか。ピンクの服の可愛らしい少女が優しく微笑みかけてくる。
「具合は大丈夫ですか?あなた、私達の船の上に落ちてきたんですよ」
「船?此処は船の中なの?」
「はい。私達アドリビトムの拠点、バンエルティア号の中です」
アドリビトム?バンエルティア号?何、何なの?
「もう動けそうなら、リーダーのアンジュさんの所に一緒に来ていただけますか?」
「あ…はい……」
私は何が何だかわからないまま、その少女に従った。
「アンジュさん、さっきの方が目を覚ましました」
「ありがとう、アニー。さて、まずあなたの名前を教えてもらえる?そしてどうして私達の船に落ちてきたのかな?」
アニーは医務室へ戻っていった。水色の髪のアンジュと呼ばれる女性もまた、にっこりと笑い微笑みかけてきた。私は自分の名前と此処にきた経緯がわからない事を率直に話した。
「なるほど…。もしかしたらリアリスは、カイル君達と一緒でこの世界の人じゃないのかも」
この世界?え?ここはエフィネアではないのか?聞くとアンジュは首を傾げた。
「エフィネア?知らないなぁ…ここはルミナシアだよ?」
「じゃあ…私、本当に違う世界に来てるっていうの…」
ど、どうしよう…。
私が俯いているとアンジュが、あ!と叫んだ。
「リアリス、顔を上げて?私達があなたを元の世界に戻す手伝いをしてあげるから。だからまず、あなたを助けてくれた彼にお礼を言ってね?」
助けてくれた人…私は顔を上げて固まった。目に映ったのはよく知った彼の顔。
「ア、スベル…?」
「え?なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「アスベル!!」
私は思わず彼に抱きついた。普段なら絶対にこんな事はしないだろう。
「アスベルもきてたのね!よかった…!」
「ちょ///君は一体…」
「アスベル?さっきフレンが…って何やってるんです?」
「エステリーゼ様!!」
「はいストップ!リアリス、とりあえずアスベル君から離れようか?」
アンジュに言われ私は急に恥ずかしくなって彼から離れた。ごめんなさいと謝ると彼は顔を真っ赤にしながら大丈夫ですと言った。
「なんで名前を知ってるのかわかんないけど、彼はアスベル君。リアリスが落ちてきたのを受け止めて医務室へ運んだのが彼よ。で、こっちの子がエステル」
「はじめまして、エステリーゼと言います」
女の子はぺこりと頭を下げた。何かすごく気品を感じる。それに彼がエステリーゼ様と呼んでいたし何処かの国の要人なのかしら?
「リアリス。あなた自身も困惑してると思うけど、話がききたいな。食堂にきてくれる?勿論、アスベル君達も一緒に」
あの日から1ヶ月、私は今も変わらずこの世界、ルミナシアにいた。
バンエルティア号の人達はみな優しい人ばかりだった。特にカイル達は同じ境遇の為、人一倍私を気にかけてくれるし私も安心感を持てた。だがそれ故に、本来の私を見せる事はしない様に心がけた。みんなが優しい分、私が辛い表情をするとそれだけ心配をかけてしまう。
まるでシェリアや…向こうの仲間達と同じだ。
私にとって自分を偽る事はさほど難しい事ではなかった。みんなは見たままの私で判断するからいくら不安で押しつぶされそうでも、気づかない。気づいたのは、アンジュとジューダスだけ。あの人も気づいていない。
「リアリス、こんな所にいたのか」
「アスベル」
こっちの世界のアスベル。彼は信頼できる人。だが、それでも本来の私を見せるのは億劫だった。
「…なんでみんな集まってるのに俺を呼んでくれないんだよ」
「リアリス!次、リアリスの番だよ!」
みんなでトランプをしていたのを忘れるくらい、考える事に夢中になってたらしい。カイルが私を見ながら机をばんばん叩いている。
「ご、ごめんねカイル。はい、あがり」
「うわ!リアリス一番じゃん!!」
「またリアリス1抜けかよ〜!」
ロイドがうにゃーとうなだれる。横でジューダスが僕もあがりだ、とカードを出した。
「じゃあ次のゲームやろうよ!アスベルもやる?」
シングがぐちゃぐちゃとカードを混ぜながら言うと、アスベルは拒否した。
「行くぞ、リアリス」
「え?あ、ちょっと…」
アスベルは私の腕をがっちり掴んで部屋を出た。
こっちのアスベルは、見た目も声も雰囲気も全部私が知っているアスベルと一緒。
でも、一つだけ違う所があった。
「アスベル、痛いよ離して」
「どうして俺がいない所であんなに楽しそうにしてるんだよ!」
こっちのアスベルは極度のやきもちやきだった。
私が他の男の子と話していればこのとおり。怒ったような悲しいような顔で私を見る。
「ごめんねアスベル。カイルがどうしてもって言うから…」
「だからって俺を誘ってくれればいいだろ…?」
まるで子供みたいな瞳。それはよくある好きな人に見せるアレで。これでわかるだろう。こっちのアスベルは…
「リアリスは俺のなんだからさ…」
私に惚れている。
これがエフィネアのアスベルとこのアスベルの大きな違い。
「うん。私もアスベルが好きだよ」
そう言えば目の前のアスベルは嬉しそうに笑って私を抱きしめるんだ。
「今度からちゃんとアスベルも誘うね」
「絶対だぞ?約束だぞ?えーと…俺はそろそろ寝るよ。おやすみリアリス!」
「うん。おやすみ、アスベル」
手を振って溜め息を一つ。私はこのままでいいのだろうか?
このアスベルはアスベルだけどアスベルじゃない。
私が知っているアスベルは、優しくて仲間想いで騎士学校でも人気だったし今もみんなから好かれてる…そして、自分では気づいてないだろうけど…
シェリアが好き。
この世界にシェリアはいない。いや、まだバンエルティア号にきていないだけかもしれない。でも、シェリアがいないという事は、
「アスベルを独り占めできる…」
ということ。別にアスベルを好きなわけじゃない。ただ2人が仲良くしてるのがあまり好ましく思わなかっただけ。
…だと自分で思いこんでいるだけなのかもしれない。
現にアスベルの眼が私だけに向けられているのは心地がよい。
「私は、この世界に酔っているだけなのかもしれないわね」
本当には叶わないから、この世界ではできるだけアスベルが好きそうな…シェリアみたいな女の子を演じてアスベルの気持ちを手繰り寄せる。
つまりは、
「この世界でも、アスベルが好きなのはシェリアなのね…」
悲しくなんてない。ただ、惨めなだけ。自分が、汚いだけ。何をいまさら。
なのに、どうしてこんなに辛いの?
相手がアスベルだから?
普通だったらこんなのなんともないのに。
いや、今まで誰かを気にかけた事なんかないからわかんないんだけどさ。
考えはまとまらないまま、私の足はアスベルの部屋まで。部屋の中は真っ暗だし、そりゃ夜中だからもう寝てるよね。
「綺麗な顔…」
ベッドで寝ているアスベルは規則的な寝息をたてながら眠っていた。
「アスベル、あのね、」
深呼吸を一つ。深く吐いた。
「私、帰るわ。エフィネア…いえ、現実に」
勿論寝ているアスベルに私の声が届いている筈はない。
気づいていた。これが別の世界とかじゃなくて、ただ、ただ私がどこか心の片隅で想っているだけの、
「これはただの夢。そろそろ覚まさないと、みんなが…アスベルが心配するから」
さようなら、と額に口付けた。
刹那、視界は天井を映した。
「リアリス!」
「ん…シェリア?」
「よかった…!あなた、3日も寝っぱなしだったのよ」
こっちでは私は3日しか寝てない事になっているのか…
シェリアは大声でみんなを呼んだ。バタバタと走ってくる音が聞こえて…見慣れた顔が並んだ。
「リアリス、おはよう」
「よかったね〜目がさめて!」
「体は何ともないか?」
「全く…これ以上寝てたら置いていこうと思ってましたよ」
「本当によかったよ。目を覚まさなかったらどうしようかと…」
口々に思った事を口に出す仲間達。私は自然と微笑んだ。
「心配かけてごめんなさい」
「いいのよ。無事だったんだから」
「ありがとうシェリア。みんなもありがとう」
みんなは気を使って今日はゆっくり休んで明朝出発にしようと言ってくれた。
「じゃあ僕達は部屋に戻りますね」
「お大事に、リアリス」
ヒューバート達は部屋から出て行った。
「そんなに気使わなくていいのに…」
「ダメよ。無理はさせたくないもの」
「そうだぞ。じゃあ俺とシェリアは買い出しに行ってくるからゆっくりしてろよ?」
うん。と頷いて2人に手を振った。仲睦まじい後ろ姿、ドアが閉じたと同時に溜め息を吐いた。
「そーゆーのが駄目なんだってーのっ」
無意識に出た言葉にちょっと笑ってしまった。
「なんか私ルークみたい…ふふ」
もう、あんな夢を見る事はないだろう。だって…
「全部自分の思い通りになるより、多少の困難がある方がこういうのって燃えるもの!」
ベッドから起き上がり、髪をまとめる。横にある剣を手にとった。ゆっくりしてろって言われたけど、教官に稽古でもつけてもらおう。
私は勢いよく部屋を飛び出した。
the END.