※オリジナルキャラ、流血表現などがございます。苦手な方はご閲覧をご遠慮下さい。
近親相姦がテーマとなりますので、ご了承下さった方のみスクロールお願いします。
妻は、結婚して十数年目の冬にひっそりと亡くなった。
彼女は名士の娘で、第二皇子であるシュナイゼルとの結婚は、愛情からのものではなく、政治的な配慮によるものだった。
腰に届くほどの栗色の巻き毛に、宝石のように美しい翡翠の瞳が印象的な、四歳も年上だというのに、妖精めいた人だった。
婚儀の夜、祝賀会の席で、黙り込んでいた彼女とふと目が合ったことを覚えている。
まだ十六歳だったシュナイゼルは咄嗟に口許に微笑を浮かべたが、きっと下手な笑みだったのだろう。
彼女はつんとそっぽを向くと、それきり何も言わなかった。
新床でも、お互い何も口を聞かず、十六歳の花婿と二十歳の花嫁は、大人たちの都合によって、不幸な結婚生活を余儀なくされた。
彼女は美しく、聡明な女性だった。
学問を愛し、音楽を好み、教養に長けていた。けれど、年下の少年を包み込むような優しさを持ち合わせていなかったことが夫妻の不幸だった。
シュナイゼルが妻の部屋を訪ねても、彼女はすぐに姿を見せようとはせず、話し相手はもっぱら彼女付きの侍女だった。
少年だったシュナイゼルは、世事に長けた侍女たちから女性を喜ばせる方法を学んだが、肝心の妻は振り向いてはくれない。
頭が痛くて、と、妻は繰り返した。
古い木椅子に腰掛けた彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばして、いつも遠くを眺めていた。皇居は白い塀でぐるりと囲まれており、外観は代わり映えしない。
けれど、彼女はシュナイゼルになど見向きもせず、ひたすら外の景色を眺めて、
「誰かお呼びしましょうか?」
と、夫と侍女の仲を取り持とうとさえしていた。
やがて、シュナイゼルにも彼女の内面が理解できた。
彼女はもともと第一皇子に嫁ぐ予定だったのだが、兄が凡庸であったため、次期皇帝と目されているシュナイゼルに嫁いだ。
そのことが少女の心を傷付けたのか、生まれもった気位の高さなのか、彼女はシュナイゼルに決して心を開こうとはしなかった。
シュナイゼルは妻の思う通りに好きなことをさせておいた。
年上の妻との間に隔てはあるが、それで離縁を申し立てるほどシュナイゼルは子供ではない。
世間体、夫としての義務など、様々な重しがのしかかる。
重々しく、気詰まりな女性だが、それだけに信頼がおける人でもあり、お互い年を取れば「あんなこともあったね」と昔を懐かしむようになると、そう信じていた。
だからこそ、初めての妊娠が不幸に見舞われたときも、シュナイゼルは彼女を責めなかった。
同族婚が繰り返される皇族では、早産や死産は珍しくない。
彼女が実家で療養したいといったときも好きなようにさせたし、子供の出産を待ち望んでいたシュナイゼルは、悲しみから逃れるように必死で仕事に打ち込んだ。
(私は彼女の夫なのだ。しっかりしなくてはいけない)
そう自分に言い聞かせ、妻との別居も頭では納得していた。
そして死産から十年。食事を終えて、紅茶を飲んでいたシュナイゼルに、妻の実家から電話が入った。
…その時、予感はあったのだ。
「ご遺体は皇宮に入れるわけにはいけません。このままこちらで密葬を」
淡々と進められていく事務作業。それは死産から十年目の秋。
実家にこもりがちだった妻は、一度としてシュナイゼルに顔を見せることのないまま、年下の愛人と痴情の縺れの末、死んだ。
夫への当てつけのつもりだったのか、死産の鬱憤を晴らそうとしたのか、愛人を作っては放蕩三昧だったという。
シュナイゼルは無表情のまま、全裸のまま寝台に沈む妻を見つめる。
お顔まで血で汚れて、と、侍女たちが泣きながら死体を浄めていくのを、立ち尽くしたまま眺めていた。
美しい年上の妻は、今や片方の乳房を失い、乱れた寝台に崩れたままだった。
「……貴方との結婚以前からずっと続いていたようです。側仕えの女たちも、どうしたものか困り果てていたらしく」
事務的にそう告げるロイド・アスプルントの言葉も、シュナイゼルの耳をすり抜けていく。
彼は妻の従兄弟であり、シュナイゼルの後見人であるアスプルント家の次期当主だった。
死体が部屋から運ばれても、シュナイゼルは終始無言のままだった。
…シュナイゼルの立場を考慮して、妻の死は病死と公表された。
世間では産後の肥立ちが悪く、ずっと伏せっていると認知されていたため、そのことを不審に思う人間はいなかった。
第二皇子の妻の葬儀に、弔問客は数多く訪れた。
その客の誰の目にも、シュナイゼルに嘆き悲しむ様子はなく「鬱気味の奥方が亡くなって清々としているのでは」と、無責任に囁き合った。
遺体は二日に及ぶ葬儀の後、魂を鎮めるのに一番良い方角だというエル家所有の森へ埋葬された。
嘆きの森とも呼ばれるその墓地は高い木々に囲まれ、シュナイゼルの執務室からは一番先の緑色が伺えた。
「…そんなにあの方が大事でした?」
葬儀から帰って来てから随分と長い時間、執務室から森を眺め続けるシュナイゼルに、ロイドはそう声をかけた。
けれど、シュナイゼルの反応はない。
ロイドはそっとため息を落とし、主の手を引いた。抗うことなく、シュナイゼルはその後ろを着いていく。まるで小さな子供だ、ロイドはそう思った。
「着替えましょう。ね?」
彼の私室に入るなり、喪服のままだったシュナイゼルの襟を、ロイドは緩めてやる。
シュナイゼルはそこでようやく葬儀が終わってから二日、喪服を纏っていたことに気づいた。
ロイドに声を掛けられなければ、ずっとそのままだったに違いない。
彼の手を制して、自分で上着を脱ごうとするが手が上手く動いてくれない。ボタンの上を何度も滑る手に、ロイドはなにもいわず、ただ見つめていた。
「ロイド」
「はい」
「教えてくれ。こういう時、私はどんな顔をしたらいい?」
上擦った声には何も答えず、お眠りになるまでお側にいます、と、ロイドは額に張り付いた金髪を優しく梳いて、寝台に横にさせた。
「子供扱いするな」
「子供ですよ。僕は貴方より年上だ」
その言葉に、小さくシュナイゼルは笑う。
「彼女もそう…私より四つ年上だった」
「そうでしたね。貴方は彼女に、一目で恋をした」
昔を懐かしむように、ロイドは目を細めた。
小さい頃から何にも執着しなかったシュナイゼルが、初めて関心を持った女性。
彼女は本来なら第一皇子の妻となる女性だったが、第一皇子オデュッセウスのあまりの凡庸さを案じた周囲の人間が画策して、年下であるシュナイゼルの妻となった。
その時のことを思い出したのか、くくっとシュナイゼルは笑う。
「彼女はなんていったんだったか…『嫌だ、こんな年下と』だったかな?」
「…貴方が控室の外にいらっしゃるとはご存知なかったんですよ」
「でも…、だから私はここまで頑張れた」
最年少で父皇帝の宰相となり、その後継者として最も近い位置まで躍進出来た。けれど、どんなに自分が努力しても、彼女と自分との距離は遠退くばかりで、ついにはこの結末だった。
愛していた、と、シュナイゼルは吐き出すように呟く。
「愛していた…。我が儘で、傲慢な、あの美しいだけの女を、どうしようもなく…、ああ、どうしようもなく愛していた…っ」
「ええ」
知っていますよ、と、ロイドは優しく額を撫であげる。シュナイゼルは驚いたように目を見開いて、そうして瞳を閉じた。眦からは透明な雫が、次から次へ頬に流れ落ちる。
「…でも…、もう、届かない…」
そうしてゆっくりと寝息を立て始めたシュナイゼルに、ロイドは毛布を掛けた。紅茶に混ぜた睡眠薬がやっと効いたようで、ロイドは安堵のため息を漏らす。
そして「知っていますよ」と、呟いた。
「……知っていますよ。僕は、貴方の全てを」
室内にはただ、結婚の記念に作られた壁掛け時計の針の音だけが残された。
次に目が覚めたとき、まず最初に感じたのは身体の倦怠感、そして鈍い頭痛だった。
室内はいやに明るく、遮光カーテン越しにももう昼が近いということが分かった。
のろのろ起き上がれば、気配を察した侍従たちが着替えやら食事やら世話を焼き始め、シュナイゼルはその全てが疎ましく、「呼ぶまで下がっていろ」と命令する。
それをいつの間にか戸口に控えていたロイドが「いけませんよ〜?」と口を挟んだ。
「彼らには彼らの仕事があるんです。貴方の都合だけで家政は回りません」
「しかし」
「それよりもほら」
そう差し出したのは、死んだ妻の実家からの手紙。白い便箋に、シュナイゼルも動きを止める。
「…世間には知られていないとはいえ、レフィーヌ様があんな事件を起こしましたからね。ご両親ももはや田舎に隠居するということです。あのお屋敷も、買い手がつき次第売り払うと」
「…そうか」
死んだ妻の両親は、一人娘がシュナイゼルの世継ぎを産むことを何より嘱望していた。
妻が実家に帰っても尚、シュナイゼルへの追従は欠かさず、娘の放蕩ぶりにも頭を抱えていたようだった。
その一人娘を失った老夫婦の姿は、葬儀の席でも痛ましい限りで、シュナイゼルは声も掛けることができなかった。美しく形の眉を気遣わしげに寄せる。
「まだお若い盛りだというのに…」
「貴方に会わせる顔がないんでしょうね。叔父上は義理高いお方だから」
そういうロイドと亡くなった妻の父とは叔父甥の間柄になる。
シュナイゼルを後見するアスプルンド家の奨めにより、シュナイゼルはその近親の妻と結婚したのだった。
シュナイゼルはしばらく黙り込むと、「返事を」と近くにいたメイドに命じる。しかし、それにはロイドが「もう既に」と答えた。
しれっとした顔のロイドに、どういうことかと説明を求めれば、「夕刻にはそちらに参りますとお返事いたしました」との返事に、シュナイゼルは半ば呆れながら、
(気の効き過ぎる奴も考えものだ)
と、ゆっくり礼服に袖を通した。
シュナイゼルを迎え入れた妻の父…老伯爵は皺くちゃの顔に涙を浮かべ、しきりに泣いていた。
その妻である夫人は葬儀の後、ずっと寝たきりだといい、屋敷内は湿った空気に満ちている。
一家の主人の席をシュナイゼルに譲った彼は、客用のチェアに深く腰掛けて涙を零した。
「本当にこの度の件は…殿下になんとお詫び申し上げればいいのか」
そう深々と頭を下げる義父に、シュナイゼルは慌てて駆け寄った。
「いいえ、私がいけなかったのです。死産の後、無理にでも宮廷に引き戻していればこんなことには」
「死産、ああ、そうだ」
その時のことを思い出したのか、伯爵のしわがれた眦から新しい涙が零れ落ちる。そして悲鳴のような苦痛の声を漏らした。
「もしあの時の御子が生きていたら、どんなに慰めになったことか…ああ」
そのまま両手で顔を覆い、子供のように泣き始めた老伯爵の背中を、シュナイゼルはいつまでもいつまでも、摩りつづけた。
それで悲しみが消えることはないと分かっていながら、いつまでも。
やがて還御の時間が迫り、「また近い内に訪ねる」と何回も約束をして、シュナイゼルは屋敷を出た。
そして門扉で待たせていた車に乗り込もうとして不意に…、屋敷を塀越しにじっと見つめている女性の姿に、彼は気づく。
シュナイゼルが屋敷に入った時も、彼女は同じ場所に佇んでいた。
(もしや弔問客だろうか)
それにしてはいやに質素な見なりだったが、シュナイゼルは運転手にしばらく待つように声を掛けると、車の扉を閉めた。
いつもなら仰々しいお付きの者たちも、今日はお忍びであるため側におらず、その身軽さが、シュナイゼルにかえって行動を起こさせたのかもしれない。
女性はこの真冬の中、ガウンも着ずに、ショールしか羽織っていなかった。
近くに寄るまで気づかなかったが、彼女は黒髪に黒い双眸、その黄色がかった肌は、おそらくブリタニア人ではない。
(中国人…いや日本人か?)
何故異国の人間がこんな処にいるのかと首を傾げながら近付くと、女性はシュナイゼルの姿に気付いたのか、目を見開いた。
優雅に、シュナイゼルは一礼する。
「驚かせてしまったのなら申し訳ありません、レディ。…ただ、貴方がこの屋敷にご用がありそうなお顔でしたので」
怯えさせないように微笑めば、女性は幾分か警戒を解いたようだった。
彼女はたどたどしいブリタニア語で、「奥様は」と呟いた。
シュナイゼルは口を開きかけ、止めた。…彼女の手には、死産した娘のためにシュナイゼルが特注した銀製のブローチが握られていて、言葉を失った。
…それから一週間ののち。
シュナイゼルは執務室で窓の外の景色を睨みながら、ロイドの報告を受けていた。妻の墓がある、北山の緑を言葉もなく見つめる。ロイドの報告は淡々としていた。
「…篠崎咲世子という女性の身許が分かりました。数年前、ブリタニアに流れ着いた移入民の一人で、夫を亡くした直後、あの方から仕事を依頼されたと」
半月に一度、金を受け取りに屋敷に赴いていたようです、というロイドの報告に、シュナイゼルは堪え切れず笑い出した。
それまでの静寂が嘘のように、「仕事だと?」と、ロイドの肩を掴んで、勢いよくまくし立てる。
「金を遣って、浮気で生まれた子供を育てさせることが仕事だと?……それはまた随分と酔狂な雇い主だ!」
「殿下」
「十年、十年だぞ!そんなにも長い間、彼女は私を欺いていたというのか…!?」
十年前、死産したと伝え聞いた子供は生きていた。
秘密裏に育てられていたという少女は、今年で十歳になるという。
シュナイゼルの子供でないと一目で分かる容姿だから…、そんな理由で子供を手放した妻が、シュナイゼルには信じられなかった。
十年、と、抑え切れない感情を吐き出すように、シュナイゼルは低く呻く。両手で顔を覆った主の肩を、ロイドは労るように撫でた。
「…どのみちその娘は長くありません。生れつき肺を患っていて、衛生の行き届いていない貧民街で衰弱しているとか。忘れるんです」
優しい言葉遣いとは裏腹な無慈悲な言葉に、シュナイゼルは紫紺の瞳を見開いた。
彼はしばし沈黙し、やがて「出来ない」とかぶりを振る。それにはロイドも渋面した。
「殿下…、貴方は奥方を亡くされた悲しみに、正常な判断が出来なくなっているのです。長い目で見れば、そんな子供を引き取っても幸福にはなれません」
「だが、私の妻が産んだ子供だ」
「ええ、父親は何処の男かも知れませんがね」
何処までも残酷な事実に、シュナイゼルの顔はくしゃくしゃに歪む。
それがロイドの目には、傷付いた小さな子供に思えた。あの浮気女をそんなに愛していたのかと、いっそ聞き返したくなった。
シュナイゼルは言葉もなく席を立つと、近くに引っ掛けていたガウンを掴んだ。
そのまま、部屋を出ようとする主人に「おやめなさい」と、ロイドは冷静に声を掛ける。
「貴方もその娘も、どちらも不幸になります。生半可な同情はやめるべきだ」
けれどシュナイゼルは足を止めず、部屋を出て行った。
荒々しい足音が遠ざかる気配に、ロイドは深々とため息をつく。
…ロイドの目には、レフィーヌに愛されなかった心の空白を埋めようとしているとしか思えなかった。
シュナイゼル・エル・ブリタニアの突然の来訪に篠崎咲世子は戸惑ったようだったが、「どうぞ」と、彼を室内に招き入れた。
ロイドから報告は受けていたが、シュナイゼルの想像以上に生活は困窮していたようで、質素な石造りの家の中には暖房器具もなく、壁はあちこちひび割れていた。
「娘に会いたい。肺病を患っていると聞いたが、具合はどうなのか」
「今朝も血を吐きました。今は落ち着いていますが、時々うわごとを言うんです」
奥の部屋で眠っていますわ、という彼女の言葉に、シュナイゼルは寝室へ脚を向ける。そこでふと、子供の名前をまだ知らないことに気づいた。
「名前は?」
「え?」
「娘は名前を何と言う」
「奥様はお名前を付けませんでした。ですが呼び名がないのはあまりに可哀相なので、私はスザク、と」
「スザク?」
「はい。中国に伝わる、不死鳥の名前です」
寝室は鬱蒼とした暗がりに包まれて、カーテン代わりにコートを窓枠から吊していた。
そのすぐ傍ら、粗末な木のベッドで眠っていた少女の姿に、シュナイゼルは言葉を無くす。
顔面は蒼白で、血の気がまるでない。閉ざされた目許には隈が出来て、頬の肉はこけていた。
その痛々しいほど華奢な指先に触れると、少女は長い睫毛を震わせて、ゆっくりと瞳を開く。
…見覚えのあるエメラルドグリーンに、シュナイゼルは目を見開いた。
けほ、と、しばらく噎せたあと、少女は大きな瞳を瞬かせる。
「…あなた、だあれ?」
その少し尻上がりな、けれど涼やかな声を、シュナイゼルはよく知っていた。涙が込み上げるのを必死に堪える。病みやつれた少女はぼんやりとシュナイゼルを見つめていた。
「あなた…天使さま?」
「天使?」
「そう、さよこの読んでくれた絵本の天使さまにそっくり。金色の髪の毛に、蒼い瞳……ああ、でも」
お目々が赤いのはなあぜ?と少女の手がシュナイゼルの頬へと伸びる。
汚れを知らない無垢な白い手は、シュナイゼルのことを全く警戒していなかった。
「可哀相…、悲しいことがあってたくさん泣いていたの?だからお目々が赤いの…?僕が死んだら、おじさんに僕の目をあげる。緑色の目でもいい…?」
とろりとした眼差しでそう呟くいた少女に、シュナイゼルは言葉を無くす。
最後まで自分を裏切って、保身のために子供まで捨てた、淫売な妻。
その面影を色濃く残しながら、少女が浮かべた清らかな微笑みに
(この子は天使だ)
と、少女の指先にそっと指を絡めて、シュナイゼルはいと優しく微笑んだ。
「誰がお前の美しい瞳を奪うことが出来るだろう。私はお前の父様だ。さあ…一緒におうちに帰ろう」
……冬が終わり、春が訪れる頃には、シュナイゼル・エル・ブリタニアの隠し子の存在が噂される。
亡くなられた奥方そっくりの少女をご自分の宮で育てられている、と、口さがない者たちは噂し合ったが、シュナイゼルはそれを否定も肯定もせず、「亡くなった妻と田舎で育てさせていた娘を引き取ったのです」と皇帝には奏上した。
子供は死産ではなかったのか、と、父は訝しげな顔をしていたが、病弱のため空気の綺麗な田舎で療養させていたと言えば信じたようだった。
シュナイゼルを父親と信じたスザクは、寝台の中で彼の帰りだけを待ち焦がれ、彼のためだけに微笑む。
妻そっくりの美しい顔で、シュナイゼルのためだけに。
衰弱した少女を連れ帰った日、ロイドはもはや表立って反対しなかった。
ただ、穏やかな声音とは裏腹に冷たい眼差しで、
「やり直すんですね」
と、微笑んだ。
いつかこの関係には必ず破綻が訪れる。
それはスザクが出生の秘密を知ったときなのか、シュナイゼル自身が彼女に負い目を感じたときなのか、分からない。
けれど、シュナイゼルはこの紅葉のように愛らしい手を離すことがどうしても出来ないのだ。
そう、サロメ。自分の父親に愛する人の生首をねだったあの娘のように、シュナイゼルはいつまで経っても無い物ねだりしか出来ない。
「ねえ、お父様」
つぶらな瞳を向け、スザクは愛くるしく笑った。
寝台のすぐそばの椅子に座したシュナイゼルは、読んでいた本から顔を上げる。
「なんだい、スザク」
「お母様を愛していた?」
「ああ」
「どれくらい?」
「そうだねえ」
自分以外の男の子供を産んでも愛してるだなんて、誰が許してくれる?
さよなら、サロメ
END
シュナスザ♀
小ネタにupしていたものを加筆しました。
よしながふみさんのジェラールとジャックという漫画から思いついた話です。
妻が子供を死産と偽ったという設定のみ踏襲していますが、内容は全く違います。
続きも考えていますが…キリがいいのでしばらく放置していました(^-^;