数日後、日も高くなるころ、スザクはロイドに伴われて母の眠る墓所に足を踏み入れた。

寝たきりが続いたスザクのために、侍女たちは車椅子での移動を勧めたが、


「お母様に元気な顔をお見せしたいの」


と、スザクは徒歩を選んだ。

治りかけの風邪を拗らせないようにと厚手のコートに上等のマフを巻いてすっかり着膨れしている少女に、行き交う人々は穏やかに微笑んでいた。


「ね、ロイドさん。お母様は白百合がお好きだったんでしょう?喜んでくれるかな」


花籠の中には温室で育てられた百合の花が揺れている。

ロイドはそっと微笑んだ。

皇族の妻でありながら、レフィーヌは生家の、それも分家筋の墓所に埋葬されていた。

嵐も多い山の中で、まるで人目を避けるように葬られた、年上の従姉妹。

墓碑の前に立ったロイドの心中は酷く複雑で、どう表現すればいいのかわからない。

ただ、…レフィーヌの父も母も、たいそう愛情深い人たちであった。

それだけはきっぱりと言い切れる。

幼くして両親を亡くし、アスプルント家を相続したロイドを実子のように可愛がり、娘のレフィーヌと分け隔てなく育てた。

特に父の公爵は一粒種であるレフィーヌを溺愛していた。

末は后がねだと大切に愛育し、そなたはオデュッセウス殿下の妻になるのだと何度も言い聞かせていた。

気位の高い彼女も第一皇子であるオデュッセウスのことを一心に慕い、二人は似合いの夫婦になると誰もが思っていた。

ロイドの胸に、疑念の花が咲く。


…レフィーヌは、皇太子という地位なしにオデュッセウスを愛していたのだろうか?

…スザクの父親は、オデュッセウスではないだろうか?


今となっては、レフィーヌの思いはわからぬ。

人里離れた森の中、ロイドはそっと瞑目した。

埃を落とすための道具を借りてきます、と、踵を返す。

スザクは墓碑に膝をつくと、埃や汚れをそっと指先で掃った。

いつのまにか涙があふれ、拭っても拭っても、止まらない。

つつましく暮らしていたあのころ、こんな形で母に再会するとは、…それこそ、夢にも思っていなかった。

今が不幸せなわけでは、決してないのだ。

それどころか、幸福のただなかにいると思う。

父であるシュナイゼルは、スザクを真綿に包むように大切にしてくれる。

けれど、どうしても不安になるのだ。

母は、何故乳飲み子であった自分を手放したのか。

産後から死ぬまでずっとに鬱だった、と、シュナイゼルは説明していたけれど、十年もの間、音信は途絶えていたのだ。

母は、どうして心を病んでしまったのだろう。自分は…母にとっていらない子供だったのか?

シュナイゼルが困るとわかっているから、スザクはそれ以上聞くことができない。

スザクにできることは、両親の愛情を信じることだけであった。


「お母様…」


スザクは手を合わせ、ぽろぽろと涙を零した。

今は、誰の目もない。

十五年間こらえていた涙を流しても、誰も見咎めはしない。

母は、スザクの姿を見守っていてくれるだろうか。

生きているあいだにお話したかった、と、スザクは啜り泣いた。

シュナイゼルは、母のことを素晴らしい女性であったと、いつも繰り返す。

そんな母に自分は似ている。

父の面影はなく、繊弱で儚げであった母に。

子供の目で見ても、絵姿の母は非常に美しい人であった。

ならば母に似ているスザクも美しいはずだが、…スザクにはどうしても、そうは思えぬのだ。

スザクは知っている。

ふとした瞬間、シュナイゼルがスザクの表情を見て、辛そうに顔を曇らせていることを。


…お父様を苦しめる僕は、きっと醜いのだと、スザクはどうしても思ってしまうのだ。

ごめんなさい、と、スザクは嗚咽まじりに母に許しを乞う。

母に似ていることを苦痛と思うだなんて、とても罪深い。

お母様。

許しの言葉でなくてもいい。

怒りの言葉でも、罵りの言葉でも、…なんでもよかった。母の声を聞きたかった。


「お母様…」


愛されているはずなのに、自分は寂しいのだろうか、つらいのだろうか。

シュナイゼルは縁談のことをスザクに一切話さない。そのことがきっと、自分は不安なのだ。

十歳のときのように背を撫でてもらって、


「スザクが一番大切だよ」


と、囁いてほしい、そんな子供っぽい甘えなのだ…。

どのくらいそうしていたのか。

なかなか戻ってこないロイドに不安を覚えて、はっと顔を上げると、そこには見知らぬ男性が立っていた。

スザクはきょとんと目を丸くする。

落ち着いた色合いのコートを身に纏って、年齢は三十代半ばであろうか…?

柔らかい栗色の髪に、優しい水色の瞳は真ん丸に見開かれている。

身体は大きいのに穏やかな雰囲気を纏っていて、ゴールデンレトリーバーみたい、と、スザクは思った。

物おじしないスザクの視線に、


「…し、失礼、レディ。びっくりさせてしまったかな?」


と、しばしの間立ち尽くしていた男性は、困ったように頭をかいて笑った。

…それが、スザクと第一皇子オデュッセウス・ウ・ブリタニアの出会いであった。


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余談ですが、オデュ様って二次創作だと噛ませ犬みたいな扱いを受けることが多い気がするので不憫になったり…。ホロリ。



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