猫は煉獄で夢を見る

□零の世界にて
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アクシデント。出来れば避けたいものだが。
冒険が好きな彼にとっては
命からがらの出来事だって
きっと素敵な事なんだろう。
此処に来る前は何処ぞの星で
なんとかって言う調査部隊の
フクタイチョーをしてたんだって。
隊の名前はよく覚えてないけど
人の間ではそれなりに有名らしい。
確か『あの娘』が言ってた。
でも人間関係に嫌気がさして
辞めちゃったんだって。
人間関係。面倒臭い生き物だよね。
その点、猫はいいよ。自由で。
猫関係に悩むことなんて殆どない。
あるとしたら縄張り争いぐらいかなぁ。





『───ソレスタ、警戒態勢に入れと言ってるのが判らないのか』




『あぁ・・・シュバルツ。ほら。外すげぇぜ。見てみろよ、時空が歪んで波打ってんだ。一種の芸術じゃねえか?』



『何を浮かれている。緊急事態だぞ』



『別に浮かれてる訳じゃねぇよ。ただ、感動してるだけで』



『感動?』



『そうそう体感出来るもんじゃないだろ? こんなアクシデント。下手すりゃあ死んじまうかもしれないんだ。一生涯に一度だろ? こんな景色が拝めるのって。だから感動してたんだ』



『───なんて不謹慎な奴だ。乗員の生死がかかった状況で、よくもそんな脳天気な事が言えるな!? 感動だ!? 命を預かる操縦士が何ふざけた事をぬかしてる!! 問題発言だぞ!? 司令官に知れたら───』



『うっせえな、キレんなよ。感覚の問題じゃねえか。あくまでも俺個人の感想だぜ? 一介の操縦士の戯れ言だ。噛み付いてくれんなよ』



『一介・・・? ふざけるなよ、劣等!! 貴様のような外道が、この船にいる事自体不釣り合いだと言うのに!! 乗員の死活を何だと思っているんだ!? 恥を知れ!!』



『血気盛んだなあ、おい』



シュバルツとラグは仲が悪い。
と言ってもシュバルツがいつも
一人で勝手にキレてるだけなんだけど。
生真面目でプライドの高いシュバルツは
奔放なラグが気に入らないらしい。
鉢合わせれば、いつもこうやって
掴み合いの喧嘩に発展する。
ラグの味方をする訳じゃないが
僕は常にカリカリしてる
シュバルツがけっこう嫌いだ。
「短気は損気」って言うのにね。




『にゃー』




『!?』





『ほら、毛玉が止めろってさ』




だから、猫パンチをお見舞いしてやった。
シュバルツはラグより少し小さいから
僕のパンチもよく届く。
猫は高い場所にいる方が強いんだぜ。




『にゃー』




[シュバルツ=ラインヒルト、 大至急管制室まで来い!!大至急だ!!]




『───ほら、総監殿がお呼びだぜ、お前こそ急いだ方が良いんじゃねえか? 士官』




『・・・・、判っている!!』




『まあ、シュバルツ君。安心しなさいな。多分、誰も死なないから。俺には判るよ』




『適当な事を抜かすな、外道・・・』




僕のパンチに恐れを為したのか
総監からの呼び出しが怖いのかは
わからないけど。
シュバルツはそう吐き捨てると
背中を向けて去って行った。
どっちにしろ僕の勝ちだ。
猫の世界じゃ目を逸らしたり
背中を向けたら負けのしるしだからね。
ラグの頭の上にいる僕は
きっと艦内で一番強いと思う。





『優秀な奴は何かと多忙だねぇ。俺は異次元に感動するので精一杯だよ』




『にゃー』




『アイツ。悪い奴じゃないんだぜ。ただ、頭が堅いだけで』




『にゃー』




『まだ若いからなあ。血気盛んなのも悪くねぇけど。ああやって、目の敵にされんのは困るな。あいつ、猫好きらしいから、もしかして妬いてんのかもなあ?』




『にゃー』




知らなかった。シュバルツは
猫好きさんだったのか。
いつもカリカリ怒ってるから
気が付かなかったよ。
だとしたら、少し悪い事をしたかな。
自分を好いてる相手に
パンチするなんて、まるで
僕が悪いやつみたいじゃないか。
ああ、そうだ。次はシュバルツの
頭にも乗ってあげよう。
ラグより若干低いのはネックだけど。
猫は猫好きさんを大事にするのだ。





『抗うだけ無駄なんだ。流れ流れて生きてく方が楽しい。泣いても笑っても怒っても。死ぬ時は死ぬし、死なない時は意地でも死なない。人生なかなか上手い事できてる。で、今日は誰かが死ぬ日じゃない。俺には判る』




『にゃー』




『経験と勘。俺は人生の伊呂波を知ってるよ。散々見てきた。腐れるほどに。けど、たまには外れて欲しい時もある。まあ。生きてる限りは懲りずに流されるんだろうな。アクシデントに苛まれて、笑っていられりゃ上々だ』




『にゃー』



ラグは不思議な奴だ。
熱いんだか寒いんだかよく判らない。
利口ではないけどバカでもない。
バカに見えるけど瞳の奥は
いつもギラギラ鋭くて
ちょっと猫みたいだなと思った。
もしもラグが猫科だったら
僕はきっと勝てないだろう。
だってそれはライオンとか虎とか
猛獣のような気がするから。




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