ツガイドリ

□犬の秘めたる激情
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・・・まさか。こんな事になるなんて
想像しえただろうか。
昼食後、急に眠気が襲ってきたかと思えば
次に目を覚ました時には、とっくに
取引の時間を過ぎていた。
PM10:20。真っ暗な部屋の中で
無機質に表示された時刻が
俺に焦りを齎した。



『寝坊とか、ありえねぇ・・・』



妙に重たい身体を
無理矢理起こそうとしたが
ミシッと。何か軋むような音がして。
初めて身体を拘束されてる事に気付いた。
手足がベッドに括られてる。
さっぱり意味が判らず、もがいてみるも
頑丈なロープが食い込むだけで
外れる気配は、まるで無かった。




『・・・、』




『それ外れないよ。結構キツく縛ったから』




『ヴィル?』




『イザヤが。俺のお願い聞いてくれないから、ちょっと強行手段に出ちゃった』



『強行手段って、お前・・・』



『すっぽかしちゃったね、取引』



『ふざけんな、馬鹿野郎!! 仕事に穴開けさせるなんて、何のつもり───』



『イザヤ。仕事に真面目に取り組むのは素晴らしいことだけど。どうせ裏稼業じゃない? そんなに必死になる事はないよ』



『どうせって何だ、糞野郎!! 確かに俺はマトモじゃねぇが、そう言う世界に生きてんだ。俺の仕事に関して、お前にどうこう言われる筋合いは無ぇ!!』



『あるよ。俺は君の伴侶なんだから』



『あ!?』



『俺。辞めろって言っただろ? 今朝』



『だから、それは──!!』



『辞めろって。言ったんだよ』



ヴィルの声は低く。怒りを孕んでいた。
束縛。嫉妬。その末期だ。
暗い部屋の中で椅子に座って
此方を見てる冷たい視線に寒気を感じたが
同時に、本気の憤りを抱いていた。
ヴィルに対して、こんな風に
苛立つのは初めてかもしれない。



『お前、自分が何言ってんだか。何してんだか判ってるか?』



『判ってるよ。だけど。仕方ないだろ? 俺の言ってる事が判らないなら。判るまで話し合わないと』



『・・・』



『もう、前とは随分違うんだよ、イザヤ。君には俺がいる。何をしなくたって大丈夫。君は、俺に守られてればいい。邪魔なものは、俺が全て排除してあげるから』



『ヴィル・・・お前。おかしいぞ』


『うん。でも。俺もずっと。考えてたんだよ。君を守るには、何をどうすればいいのかなって。どうすれば、君の中に根付いてるお兄さんの記憶とか。ヤヨイに襲われた記憶とか。そう言う邪魔なものを消してあげられるのかなって』



『邪魔って・・・何だよ』



『俺さ。嫌なんだよ。君を傷つけられたり、君の中に。俺よりも深く根付いてるものがあるってその現実が。恐怖も愛情も悲しみも喜びも。君の感情の全部を。俺だけで満たしたいのさ』



『だからって。こんな事して何になる? お前は今。その「俺」を傷つけてるんだぞ? 逆効果だろ。こんな真似されて。俺の気持ちが離れるってことは考えないのか』



『考えないよ。君は、俺を嫌いになれない』



『・・・・』



ヴィルの中にある狂気的なものは
不意に外に溢れ出て来て。
カニ男と戦った時もそうだったが
嗜虐的かつ猟奇的に相手を蹂躙する。
まさかその『狂気』を俺に
ぶつけてくるとは思わなかったけど
嫉妬の成れの果ては酷く悪質だ。




『とりあえず。縄ほどけよ』



『解いたら、君。俺を殴るだろ?』



『ああ。殴るな』



『じゃあ。解かない』



椅子から立ち上がりゆっくりと俺の隣に来て
ベッドサイドに腰掛けた。
スプリングが軋んで、マットが沈む。
ヴィルを睨み付けると
拘束された俺の手首を一撫でして
ニッコリと笑った。



『ヴィル・・・』



『俺は別に外に出るなって言ってるんじゃないよ。自由を剥奪するって言ってる訳じゃない。ただ、危ない事をするなって言ってるだけなんだよ』



『それでも。お前が、言うことじゃない』



『聞き分けないねぇ。ホントに』



『・・・』



手首にキスをして、それはそれは
乱暴に身体を暴かれる。
舌は腕を伝って肩や首筋をゆっくり這い
指は好き勝手、人の身体を撫で回してる。
俺を知り尽くしたそれらに敵う筈はなく
全身に痺れるような
甘い甘い感覚が走り抜ける。
今は拒絶したいのに、するべきなのに
身体が言うことを聞こうとしない。
ヴィルはどうやら、俺を
解放する気は無いらしい。
ボタンの外された服は
何を守るでもなく
ただ、身体にまとわりついてる。
口の中に指を入れられたから
強めに噛み付いてやったが
彼は、ただ。目を細くして
俺の舌を強く引っぱった。



『んん!!』



『苦しい?』



舌を指で嬲られて顔を背けたが
頭を左手で押さえつけられた。
今度は舌で舌を絡め取られる。
慣れた行為なのに、身体の熱とは反対に
嫌悪感は凄まじいもので
まるで知らない奴に襲われてるような
そんな気分になった。
俺を見下げる無表情には
まともな感情を窺わせない。
舌を噛もうが、唇を噛もうが
離れようとはせず
甘い血を滴らせるだけ。
それが口の中に流れ込んで来て
その息苦しさにむせかえる。



『ふっ・・・、んっ、』



『俺は。君が思ってる以上に、器、狭いから』



腰を撫でられ、その指にざわつく。
ギリギリと強く跡がつくぐらい
乱暴に首を締められたかと思えば
急に壊れ物でも扱うかのように
優しく繊細に触れてくる。
その二面性がヴィル本来の性格なのか
俺の性質のせいなのかが判らない。
ただ、これは。多分、きっと。
大きな間違いだ。



『ヴィル』



『何?』



『今、俺をどうしたって。俺は納得しないぞ』



『・・・』



『俺は間違いなくお前のものだが。俺の中にある、記憶や感情、それらの全てが俺を構成してる。それをお前に否定される筋合いはない』



『・・・ああ。そうだね。判ってるよ。判ってる。でも仕方ない事だってある。俺は君を「あらゆるもの」から守りたいんだよ』



『───嬉しい限りだが。過保護も過ぎれば。この有り様だろ。どうやら俺は。亭主の躾方を間違えたみたいだ』



『イザヤ・・・?』



『これ、解け』



『・・・・』



『俺が。解けって言ってるんだよ、ヴィルヘルム』



表情を変えずに、渋々縄に手をかけた。
ヴィルは相変わらず
冷たく俺を見つめてる。
強く食い込んだ縄の痕が赤く残って
それを軽く、何度かさすると
手を伸ばして彼の髪を引っ張った。
どさりと俺の上に倒れ込んで来たヴィルを
犬太郎のように強く強く抱き締める。


『縛られるのもいいがな。お前には。もっと、色々自覚してほしい事がある』



『?』



『お前だけが。俺を大事にしてるんじゃない。俺だって、同じなんだ』



『・・・・』



『で、その大事なお前が。今、思いっきり選択を間違えてるから、俺はそれを一からお前に教えてやろうと思ってる。どうだ? 聞く耳はあるか?』



『・・・ん』



『良い子だ』



サラサラの細い髪に顔を埋めて
自分の話を始める。
ヴィルは大人しく俺に身を任せて
俺の言葉に相槌を打つ。
父親のこと、兄貴のこと。
俺が今まで、何をして
どんな風に此処に至ったのか。
俺が今、どれだけ幸せなのか。
一から。少しでも。伝わればいいと。



『お前、自分の知らない俺が許せないって言ってたもんな』


『うん』


『俺も同じだよ。お前の事、ホントは何にも知らない』


『・・・』


『知らないのに。何で、こんなに惹かれ合うんだろうな』



『・・・きっと。そーゆー運命なんだよ』



『運命・・・か』



『じゃあ、俺の話も』



『くだらないけど』と後付けて
ヴィルが語った空の話は
思い出と呼べるものも少なく
淡々としていた。
家族はいたけど、不仲で誰とも
殆ど会話をしたことがないと。
ヴィルが俺と兄貴の数少ない思い出にさえ
嫉妬する意味がなんとなく判った。
コイツは、本当の所で
愛情を知らないんだ。
だから。支配的で。独善的で。
俺を逃がさないように必死になって
たまにこんな風に選択を間違える。
まだ俺の全てを信じてないから。
矛盾した感情に、自分でもきっと
どうしていいのか判らないんだろう。



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