ツガイドリ

□剥き出しの悪意に眠る
3ページ/10ページ








『───イザヤと同じような顔して、じゃれつくんじゃねぇよ、野良犬が』




『だって君。好きだろ? こーゆーの』



『押し倒しても、野郎に押し倒される趣味はねぇんだよ』



『そうなの? 残念だな』



『・・・!!』



ニタリと。妖艶な笑みを
浮かべたかと思うと
キサラギの耳に噛みついたトウマは
彼のピアスを思いっきり、噛みちぎった。
『っの、糞野郎!』と低く唸り
何度か引き金を引いたキサラギは
血飛沫をあげたトウマの胸倉を掴み
身を翻すと、彼を床に叩きつける。
耳朶からとめどなく溢れ出る血を
拭う事はせずに、殺意と怒りだけを湛えて
更に銃口をトウマの後頭部に突きつけた。
ほんの一瞬で形勢を
逆転させたのは流石だと思う。
けれど、頭を撃ち抜かれた筈のトウマは
何事もなかったかのように笑ってる。
額を流れた血液の跡だけを残して。
さっき撃たれた肩と腹部の傷さえも
既に塞がっているように見えた。


『おいおい、頭ぶち抜かれて生きてんのはよ。笑えねぇパターンだぞ、トウマ。何しでかしたんだ、お前?』


『んー?』


トウマは顔を上げて噛みちぎった
キサラギのピアスを吐き出した。
自分のものではない血液を
口の端から滴らせ舌をなめずる。
我が主君ながら、その人離れした
強烈な『悪意』には吐き気を催す。
『何したって言うか───』と
身体を捻って、突きつけられた銃を
鬱陶しそうに払いのけると
キサラギの胸倉を掴んで思いっきり
頭突きをかました。
女性のように綺麗な顔とは不釣り合いに
トウマは、えげつなく乱暴極まりない。



『───ってぇな!!!』



『面白い話を聞いたから。試してみたんだけど。いや、まさか本当だったとはねぇ。何でも挑戦してみるもんだね』



血まみれで、おどけてみせる。
ニコニコと微笑みを湛え
『ほら、見てごらん』と
割れた硝子の破片を拾い上げて
自らの手首を切りつけた。
顔を歪める事もなく
微笑みを浮かべたままで
違和感と不気味さだけを漂わせてる。
血が噴き出したと思ったのも束の間。
次の瞬間には、それも
綺麗さっぱり治まっていた。



『・・・どーゆー芸当だよ、それ』



流石のキサラギも多少驚いたのか
眉を顰めて笑った。
この男も、到底イカレてる。
どんなに危機的状況にいようが
どれほどの不都合に囲まれようが
上等だと笑って乗り切る。
それを楽しんでるようにさえ見える。
『ほんっと。気色悪ぃなあ、お前』と
呆れたように左手で顔を覆って
クツクツと肩を揺らした。



『まあ。話せば長くなるから。割愛するけど。どうやら俺。人間じゃあなくなったみたいだね』



『そりゃ、おめでとう。晴れて化け物の仲間入りか?』



『うん。そうだね。だから、多分。無駄だよ、それ』



キサラギの銃を指差し首を傾げる。
『どうする?』と嬉しそうに眉を歪めて
再び彼に飛びかかって行く。
銃弾を真っ向から受けて
一瞬だけ飛び散る血飛沫が
まるで火花みたいで、気味が悪い。
トウマには傷つくことへの恐怖感も
他人を傷付ける事への躊躇いも一切ない。
だからこそ、強いのだ。
自分のものを溺愛し
そうでないものは悉く破壊する。
確かに寒椿を纏めるには
並大抵の人間では、ままならない。
この強大かつ『異常』な組織の頭は
まともな神経を持ち合わせた人間じゃあ
決して務まらないだろう。
──だからといって、人間でいる事さえ
辞めてしまうのは少し違うと思うのだが。



『お前、そんなに俺とヤリてぇのかよ、変態』


『全く趣味じゃないけど。見せしめにさあ?』



────────パァンッ!!




殺し合う二人を余所に乾いた銃声が響く。
『まあ。一つずつ解決しようか』と
ニノマエがトウマに向けていた銃口を
真っ直ぐ俺に差し替えて
そのまま何発か引き金を引いた。
弾丸は全て俺の身体を掠めて
窓や壁に撃ち込まれた。
威嚇のつもりか。故意に外したのは確かで
その余裕ぶりに苛立ちさえ覚える。
ヒノエ・ニノマエともあろう男が
標的を目の前にして
当てられない筈などないのだから。
舌打ちをして反撃に出たが
その俊敏さはトウマに引けを取らず
瞬く間に、距離を詰められた。
攻撃が、まるで当たらない。
銃弾をかわすなんて芸当が出来るのは
俺の知ってる人間の中じゃあ
コイツと、イザヤぐらいだろう。
ニノマエは細い眼を開けて
俺をしっかりと捉えている。
間合いを計ろうと後ろに下がるも
詰められた距離は変わらず
腹に一撃り重たい蹴りを食らって
膝をついてしまった。



『ガハッ・・・!!』



『とりあえず。無駄を省く所から始めようか。ヒサメ君。貴方は離脱の方向でね』



『・・・っの、』



『───抗うな。動いたら、殺すぞ』



冷たく俺を見下す眼は暗殺者特有のそれで
ゾクリと。寒気が走る。
さっきまでのほほんと缶コーヒーを
すすっていた男とは別人のように見えた。
何だか、今日は。俺のモチベーションを
下げる出来事ばかりでうんざりする。
両手を上げ『降参』と呟くと
彼は、俺を羽交い締めにして
『物分かりのいい子で良かった』と
こめかみに銃を突きつけてきた。




『──寒椿。我が儘を言っちゃ駄目ですよ。ヤヨイ様は、タチ専ですから』



『・・・、ヒノエ。あんまり俺の部下を苛めないでやってくれないか。彼、とても賢いからさ。勝てない相手には最初から抗わない。別に放っておいても害は無いよ』



『けど。貴方が。ヤヨイ様に手を出す以上は。どうしても。こう言う構図になりますね』



『狡いなあ。人質なんて。らしくないよ、ヒノエ』



『貴方は「お気に入り」を終始傍に置きたがりますからねぇ』



『まあ。確かにヒサメは気に入ってる』



『────ああ。だから。動くなよ、トウマ・・・動いたら。コイツ。殺すよ』



『冷たいなあ。ヒノエ。友達だろう?』


『僕の「友達」だったトウマって男は。もうとっくに死んじゃいましたから。貴方は。同じ顔した、別の「何か」です』



『・・・悲しいね。俺はまだ。君を親友だと思ってるんだけど』



『僕は思ってないんで』



上辺の言葉に飾られて
本音は何処にも見当たらない。
そんな、無意味な会話の中に
どんな感情を探せばいいのか。
躊躇を知らない連中は
社交辞令を並べ立て合い
平然と殺し合いを始める。
キサラギに『余所見してんじゃねぇ』と
顔を殴られたトウマが
思いっきり床に崩れた。
余りにも珍しい光景に唾を飲む。
あのトウマが、圧されてるなんて。
倒れた彼を更に蹴り倒し髪を鷲掴みにして
首元に銃を突きつけ、キサラギが笑う。
『痛いなぁ』と呟いた低いトウマの声に
ドクンと、妙な感覚を覚えた。




『──ねえ、ヒノエ』



『はい』



『シラユリは元気?』



『貴方には関係ないでしょう?』



『じゃあ、子供は? あの子も。もう随分大きくなったんじゃないかい?』



『・・・』



『怖いなあ。何だい、その眼は?』



『脅してるつもりなら。聞きませんよ』



『脅す? 親友を脅すなんて、まさか』




『・・・』




『───ああ、そういえば。キサラギ。君、さっき内緒話が嫌だとか何だとか言っていたよねぇ。じゃあ、一つ。ヒノエと俺の面白い話教えてあげようか?』



『笑えなかったら、ぶっ殺すぞ、テメェ』



『・・・あー。まあ。いずれバレるとは思ってたんで。それなら、ヤヨイ様。ドン引きの覚悟よろしく』




『?』




『俺とヒノエはね、昔───』



『付き合ってたんだよ』
満面の笑みを浮かべてそう言ったトウマに
俺の中にある、何だか
よく判らない衝動が爆発しそうになった。
ニノマエと、トウマが・・・?
いや。ニノマエは既婚者だ。子供もいる。
男が好きな訳でもないだろう。
トウマは、ドがつく程の変態だが
それに付き合えるほど
ニノマエがイカレてるようには見えない。
なのに・・・付き合ってた?
トウマと恋愛が成立してたって?
おいおい。冗談にも程があるだろ。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ