ツガイドリ

□情愛と劣情
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[AM2:30]



時計は無機質に時間を映してる。
例えば、夢見が悪くて眼が覚めた時。
ヴィルが隣にいない夜は
何にも見なかった事にする。
暗い部屋の中には、月明かりだけが
白々しく差し込んでいて
そのいつも通りの光景に溶けて
再び静かに目を閉じる。
五分、十分と数えてみても
戻って来る気配は無くて。
でも、探ってはいけない。
疑ってもいけない。これは紛れもなく
『不穏』を孕んだ話だから。


────────ガチャッ


最初に目を覚ましてから
どれぐらい経ったか判らないが
不意に扉が開く音がして
うっすら眼を開けると
月明かりは遮られる。
ベッドが沈んで、少しばかり軋む。
隣に潜り込んで来た気配に
安堵して、また眠りにつく。
頬にされた、キスは優しくて暖かい。
だから、微かに香る
血の匂いに問うことはしない。
きっと彼は、俺と同じ事を
しているだけだから。







───────────────・・・
───────────────・・・






『愚かだな、テスタメント。遂には人殺しか?』


『──人聞き悪いな、シルビア。殺してなんかない。もう二度と起きないだろうけど。コイツ、俺の大嫌いな匂いをさせて、最近こそこそ嗅ぎ回ってたから。これは天罰だ』



『・・・大嫌いな匂い?』



『花の匂い。薄いけど、香ったんだ。俺の大嫌いな匂いが。だからちょっと色々聞きだそうかなって。思ったんだけど───』



『・・・相変わらず容赦を知らない男だな。お前、エルトまで手に掛けたそうじゃないか』


『え? ああ。そんなこともあったね。いや。だって、あれは仕方ないよ。アイツ、毎回毎回。俺の邪魔するから。そうしなければ、こうはならなかった訳だし。仕方ないんだよ』


『・・・毎回?』


『うん。そう。誰一人として。俺から、イザヤを奪おうとしちゃいけないんだよ。もう根元からして雁字搦めなんだ。俺は間違いなく彼に溺れ狂ってる。彼も同じく。依存して、愛し合って。病的なまでの幸福を見つけた。俺は今、死ぬほど幸せだ。それを今更、他人が切り離せる訳ないだろ?』


『悪道の影響か・・・お前は自分が何を言ってるか判ってるのか?』


『イザヤが悪道だろうが何だろうが。そんな事は今更どうでもいいんだよ。俺は彼が隣にいたら、それでいい。例え始まりが。彼の魔性によって狂わせられた結果だとしても、俺は。間違いなくイザヤを愛しているし。必ず彼を選ぶよ』


『・・・テスタメント』


『────さあ。シルビア。剣を抜け。お前が俺の邪魔をするってなら、俺からイザヤを取り上げようってなら、消してやる。相手が誰だろうが関係ない。彼を守る為なら。俺は全てを敵に回すぞ』


『狂ってしまったんだな、完全に』


『───かもな。けど、イザヤは渡さない。誰にも渡さない・・・、もう。二度と、誰にも』


『二度と・・・? お前。さっきから何を────・・・』



剣なんか無くても戦える。
羽根が無くても人を裁ける。
簡単には死なないし、人間よりも
遥かに長生きだ。
根底からしてイザヤとは違う。
なのに、神を敵に回しても
かつての同胞さえ敵に回しても
俺は彼の側にいたかった。
間違いなく歪んだ感情だ。
愛と呼ぼうにも腐りきっている。
それでも、俺は。いつだって
彼を選んでしまうのだから
どうしようもないんだ。
きっともう、あの空には戻れない。
どんな未来の果てにも、地に落ちて。
底に狂い咲くだけ。
イザヤの為に何処までも堕ちる。
何もかもが狂い果てても。
ただ、一緒に堕ちる。
それが、俺の。俺達の答えなのだから。




───────────────・・・
───────────────・・・




『おはよう、イザヤ』



『・・・おはよう』



『低血圧? 朝から死にそうだね?』



『お前のせいだろうが!』



───────────ゴスッ



『あいた!!』



『・・・身体中が痛くて仕方ない。お前。少しは加減ってもんを覚えろ。こんなことばっかりしてたら、その内。俺は死ぬ』


『君だって、いつものりのりじゃないか。率先して喘いで俺を煽るだろ? 仕方ないよ』


『・・・加減を覚えろと言ってる。じゃなきゃもう二度としない』


『判った。覚える!』


『犬か、単細胞』


『イザヤ。今、朝ご飯作るから待ってて』


『ああ』



幸せの形は知らないが。
こんな日常をそう呼ぶのだろうか。
何処か懐かしいような。
それでいて真新しいような。
何をせずとも優しくて暖かくて
満ち足りた気持ちになる。
この一言では形容し難い
柔らかな感情が『幸せ』だと言うなら
俺は今、その絶頂にいるのかもしれない。
蔓延る不穏から目をそらせば。
自分の中にいる『衝動』から
目をそらせば。日々はこんなにも
温かいのだから。
人生を誰かと一緒に過ごすことが
こんなに楽しい事だとは思わなかった。



『ねえ、イザヤ』


『ん?』


『ずっと気になってたんだけどさ。その金色の十字架って何? いつもつけてるよね? 大事なもの?』


『これか? 形見だな』


『形見?』


『兄貴の』


『え、イザヤお兄さんいたの?』


『いたよ。昔は』


『・・・亡くなったの?』


『いや、生きてるよ。ただ。今はもう俺が知ってる兄貴ではないから。死んだって思うようにしてる』


『・・・』


『うちはみんな、おかしくなって離散したんだ。母親は俺がガキの頃に逃げたし、父親は飲んだくれで最後は橋から飛び降りて自殺した。中でも兄貴は完全に狂っちまってて、途中で俺を置いて家を出てったけど。今は、この街を牛耳ってるマフィアの頭をやってるよ。もう長らく顔を見てない。ゴミクズみたいな一族だった訳だが。お前から俺が「悪道」だって聞いた時に、その理由がよく判った』



『イザヤ・・・ごめん』


『何で、お前が謝るんだよ』


『・・・だって、俺』


『同情ならいらないぞ。俺は、それが「普通」の世界で生きてきたんだから。何も悲観してない。俺が元凶だったとしても。俺は、ただ生きていたかっただけだ。誰を踏みにじっても。泣かせても。一度でいいから「幸せ」ってものを見てみたかったんだ』


『・・・、』


『けど。お前のお陰でそれが見つかった。お前が俺に与えてくれた。きっと、これが「幸せ」だ。だから、どうせいつか死ぬなら。その時は、お前の手の中がいいなって、思ってるんだよ』



『・・・イザヤ、それは約束するよ。君がいつか駄目になりそうになった時には。俺が君を止めてあげる。君を解放してあげる。だけど、今はそんな悲しい事言わないで。俺もっとずっと君といたいから。君が望むことなら何だってしてあげるから。君がどうしても死を選ぶ、その時には。俺も一緒に死ぬからさ。そんな風に。先に俺から離れようとはしないで』



『・・・いつかの話だよ。いつかの。まあ、まだ当面、その予定はない。お前に関しては謎だらけだしな。ほら、お前。隠し事多いだろ?』


『・・・あはは。うん。でもそれは、イザヤもでしょう?』



『だな。お互い様って事で。互いを知るには、まだまだ時間が足りねぇよ』



『そうだね、俺もっと君の事たくさん知りたいな。俺の知らない君がいなくなるように』


『歪んでるな、ホント。じゃあ、少しぐらい安心させてやるよ。ヴィル、こっちに来い』


『?』


頭を二度ほど撫でてやる。
不思議そうに首を傾げて
俺を見下げてる様がまた愛しい。
外した金のロザリオを
ヴィルの首にかけた。


『おー。流石は神の遣い。なかなか似合うじゃないか』


『イザヤ、これ───』


『やるよ、お前に。俺が唯一、大事にできたものだから。お前にやる』


『・・・、』



『重たいだろ?』


笑って。また頭を撫でる。
ヴィルは強くしがみついてきて
骨を砕かれるんじゃないかと思った。
ぼんやりと記憶に残る兄貴は
唯一、俺に優しい人だった。
今はもういない記憶の残影。
悪道に堕ちて、全ては夢になる。
俺が、家族を。人を。狂わせたなら。
きっと必ず報いを受ける事になるから
その来たる日までは
この絶頂に溺れていたいな。


『イザヤ』


『ん?』


『大好き』


『ああ、知ってるよ』


『俺は、君が大好きだ』


『聞き飽きた』


『じゃあ、イザヤは?』


『─────、』



耳元に囁く愛は。
どんな女に捧げたものより
甘美で真実味を帯びていた。
幸せも愛も、そう易々と
手放せるものじゃなく
俺を蹂躙して根を張り底に咲く。
ヴィルを独り占めする為なら
俺は何だってするだろうと
決して言えはしない
この歪で不純な愛を
胸の奥底に潜ませながら。
俺は、俺達は。幸せに忍び寄る
不穏の気配から、目をそらし続ける。
もう少しだけ。この幸せが続くように。


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