ツガイドリ

□歪んだ欲望は尽きる事無く
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『─────だりぃ』




その夜は。これまた意外なもんを見かけた。
街の北側にある埠頭で取引した後、
金払いの悪い糞みてぇなクライアントを
ぶち殺して海に沈めた。
魚の餌にしちゃなかなかのもんだろう。
安いマフィアの一人や二人。
忽然と消えても俺には
何ら差し支えなんか無ぇ。
世の中にも何ら差し支え無ぇ。
殴って蹴って吐かせて泣かせて金は貰った。
後は用無し。もう会うこともない。
絵に描いたような最低の人生。
憧れちまうな。ゴミクズの鑑だよ。
俺もそうなりたいかって言われたら
そんな結末は絶対お断りだけど。
───んなことより、だ。
使われてない倉庫の非常階段で
煙草をふかしながら
折角こんな所まで出て来たんだから
ついでに行き着けのバーにでも
顔を出そうかどうか、ぼんやり考えてたら。


『だから、離れろ。鬱陶しい』


『やだー。君、離れたら俺を置いてスタスタ行っちゃうじゃないか』


『何で、お前と一緒に並んで歩かなきゃならない?』


『何でって、だって俺、彼氏じゃん!彼氏は隣り歩くじゃん!』



『・・・あ?』



『え、あれ?違った?俺、彼女・・・?』


『俺よりデカい図体して、殺人鬼みたいな目つきして、無駄にデカいイチモツぶら下げて何が彼女だ。ふざけんな。気持ち悪い』


『なら、やっぱり彼氏じゃん!』


『じゃあ、お前は。俺が「彼女」だって言ってんのか? え?男捕まえて彼女?何、馬鹿にしてんのか?』


『え、いや、イザヤは、俺の・・・んー?確かに彼女ではないな』


『お前は自称「彼氏」なのに?』


『・・・俺だけの女王様、ってのは何か違うし・・・俺の奥さん・・・いや、旦那様? 違う、旦那様は俺の未来のポジションだ。あ、じゃあ、恋人だね!恋人!だから一緒に歩きたい!それならいい?』


『ガキか、お前』


『だってさ、恋人は普通に手を繋いで歩くんだろ?指絡めて歩くんだろ?本で読んだんだ!素敵じゃないか。俺もイザヤとやってみたいなあって・・・それとも、イザヤは俺と手を繋ぐの嫌?誰かに見られたら困るとか?やっぱり恥ずかしい?』


『別に。そんなに繋ぎたいのか、手』


『うん。だって俺はね。イザヤが食事に連れて来てくれるとは思わなかったから、とても嬉しいんだよ。君とデートなんて初めての事だから、凄く浮かれてるのかもしれない』


『・・・、帰るまでの間なら。いい』


『ホント?イザヤは優しいなあ』


目を疑った。あのイザヤが
取り繕うことをせず
ソイツに笑いかけたから。
イザヤよりも、少しばかり背の高い
ソイツの頭を撫でて、頬にキスをした。
『大型犬は、嫌いじゃない』と
指を絡めて、手を繋ぐ。
暗く人気の無い路地裏を幸せそうに歩く。
今まで一度も見たこと無い『普通』の姿。
殺意も敵意もなく、愛情を以て
人に接してる、異様な姿。
そうか、アレが噂の『猛獣君』か。
イザヤを手名付けた、物好きな。



『イザヤ、帰ったら───』


『寝るぞ。疲れてんだ』


『一緒にお風呂入ろうよ!』


『・・・』


『俺、イザヤの為に素敵な入浴剤買っておいたんだ!』


『お前、ソレ。俺の為じゃないだろ』



『え?』



『「お風呂でぬるぬるローション体験フローラルローズの香り」だろう?部屋で見つけたから棄てといたぞ』


『!!』


『何考えてんだ、変態野郎。油断も隙もあったもんじゃねぇ』


『棄てちゃったの・・・?』


『毎回毎回テメェの趣味に合わせてられるか。身体壊すわ』


『えー。イザヤとお風呂でぬるぬるしたかったのに』


『ドヘンタイが。車のオイルでも被ってろ』


『・・・いいよ、まだピーチの香りがあるし』



『!?』



猛獣君。確かにイザヤは奴に弱いらしい。
笑えちまうな、あんなのがいいなんて。
それと同じぐらい妬けちまうな。
俺があんなものに劣ってるなんて。
ガキみたいにギャアギャア騒いで
でも楽しそうなのは確かで。
不意にアイツにキスをされても
抗わずに、同じものを返して
執拗に舌が絡みついてきても
嫌なふり一つも見せない。
どころから目を細めると
愛しそうな顔をしたから
俺は、それにムカついて
自分の指を噛んだ。
俺と奴との圧倒的な差。



『イザヤ、ありがとう』


『・・・、気分だ』


『うん。でも嬉しい』


奴らの姿が見えなくなって
辺りには沈黙が残される。
俺は深く息を吸い込んで
思いっきり手摺りを殴りつけた。
指の傷がまた一つ増える。
見せ付けてくれんなよ、糞野郎が。
俺と同じ人種の癖に何て顔しやがる。
綺麗で。無垢な生き物に見えるから
やっぱり汚さなきゃ気が済まねぇ。
けど。これはチャンスだ。
いいもんを見つけた。
アレがイザヤの弱点なんだろ。
だったら、使わない手は無ぇよな?




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