ツガイドリ

□歪んだ欲望は尽きる事無く
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『──どうしたんですか?』



帰宅して。バルコニーで
煙草をふかしてたら
後ろから無遠慮に声をかけられた。
振り向かずに『うるせぇな』と
返答すれば、背後の気配は
更に近付いて来る。
俺の機嫌が悪い時にも
平然と声をかけてくるコイツは
恐いもの知らずなんだろう。


『何にもねぇさ、別に』


『何だか元気ないから』


『機嫌は良くねぇな』


『何かあったんですか?』


『何にもねぇから、困ってんだよ』


『?』


猥雑な街のネオンライト。
見慣れた糞みてぇな景色だ。
地下も地上も何もかも腐れてて
きっともう、綺麗なものなんて
数える程にしか残ってない。
だから、目に付けば。
何が何でも欲しくなるのは、
そーゆーもんを集めたくなるのは、
仕方ない事だろう。
ガキが綺麗な石を拾い集めるのと同じだ。
意味なんかねぇ。大した価値もねぇ。
ただ、綺麗だから欲しい。そんだけだ。



『あー。ムカつく。マジムカつく。思い通りにならねぇとぶっ殺したくなるな、どいつもこいつも』


『・・・』


『お前よ、暇なら相手しろよ。俺の気が晴れるまで、慰めろ』


『はい』


これぐらい従順なら良かったんだけどなあ。
あの糞野郎は、昔から俺を
振り回す事しか知らねぇ。
俺が好き過ぎて
頭が可笑しくなってるコイツを
少しは見習って欲しい。
俺の為なら何だってする
可愛い顔した従順なペット。
ゴミ捨て場で拾ってきて以来
ずっと飼ってる毛並みのいい雌猫。


『ひ、あっ・・・』


感度は良好。躾も万全。
こいつの淫乱な身体を造り上げたのは俺だ。
毎日毎日、世話をして。
俺を食わせて、その味を覚えさせた。
何処をどうすりゃ気持ちいいのか
どんな風に男を誘って焚き付けるのか
一から十まで教え込んだ。
甲斐あって、キャンキャン鳴きながら
俺の下で腰を振る事を覚えた。
その様は動物さながら。でも悪かない。
俺にしか懐かないからこそ
それなりに使い道ってもんがある。
もっともっと、と。せがまれては
堕ちたもんだなと、優越に浸る。
こうでなけりゃ、面白くはない。
俺に縋って、股開いてりゃあ
幾らだって可愛がってやるさ。
俺だって鬼じゃねぇ。
俺に尽くして、俺に遊ばれて
搾取され続けてる可哀想な雌共に
ばらまく愛なら有り余る程
持ち合わせてるから。


『お前みたいなら良いんだけどなあ、どいつもこいつも』


『え?』


『・・・無い物ねだりとか。くだらねぇな』



腰を押さえつけて
一際強く、何度か打ち込むと
金切り声に近いものを上げて
相手は、ぐったりと果てた。
中は俺に絡みついて
快楽の余韻に浸ってるが
お構いなしに攻め続ける。
まだだ。まだ足りねぇ。
こんなもんじゃイケない。
攻めれば攻めた分、半狂乱で爪を立てるから
肩から血がうっすらと。
いいね。それでこその、だ。


「求められると弱いんですよ」


『────っ』


不意に。アイツの顔が過ぎって
背筋にゾクゾクしたものが走り抜けた。
求められると───?
求められたい?誰が?誰に?
急に流れ込んで来た、妙な感覚が
俺の頭を侵して行く。
とめどなく視界が歪み始めて
額に冷たい汗を感じた。
薄気味悪い、高揚感がたぎる。
自分の思考回路について行けず
『うざってぇ』と嘆いたが
下で悶えてるペットの鳴き声に
かき消されちまった。
───イザヤ。イザヤが欲しい。
アイツが。どうしても、欲しい。
その焦燥にも似た強過ぎる願望を
オカシイと思う理性はあるのに
それしか、浮かんで来ない。
俺はどうしちまったんだ?
雌を抱きながら、雄の事を考えてるなんて
虚しい事この上無いな、まったく。
それでも、奴を脳裏に描いて
今にも果てそうな自分に反吐が出る。




『なんだ、この感じ───・・・』




イザヤは基本的にはポーカーフェイスで
笑顔は全部が、取り繕いだ。
いつだって愛想笑いを浮かべたまま
平然と、誰彼構わず殺しちまう。
付き合いは長いけど
俺は本当のアイツを知らない。
何処にも宿ってないあの男の本心を
『どうせ、イカレてんだろう』と
探すこともしなかった。
だけど、あの時。
ふと、垣間見えたのは・・・。
『猛獣君』の話をする時のアレは誰だ?
馬鹿みたいに綺麗で無垢な・・・
──いや、だから何で今、思い出す?



『・・・ッ、やべぇ』



『堪え性って大事ですよ』と
妖艶に笑ったあの顔が
目の前に浮かんで来て、瞬間、爆ぜる。
『あの顔にぶっかけてぇ』と言う
何ともアレな衝動に駆られたが
抱いてるのはイザヤじゃない。
生産性もあって良質な俺のペットだ。
溢れるぐらいに注いでやる。
──それにしたって、だな。
もう少し相手を選べよ。
女抱きながら男にイかされるなんて
シャレにならねぇ。何で俺が────



『って、マジかよ・・・』




細い身体。綺麗な手。
少し、嗄れたエロい声。
ちょっと前まで何も感じなかった。
アレは、ただの同業者。
女みたいな顔してるけど
狡猾で生意気な性格ブス。
なのに、何だ。この感じ。
興奮が治まらない。出したばかりなのに
取り憑かれたように、また腰を振る。
イザヤの、あの口に突っ込みてぇ。
後ろから犯してヒーヒー鳴かせたい。
ダメだ、やっぱりオカシイ。
思考回路に霧がかかる。
俺は、今すぐにでも
アレが欲しくて堪らない。
アレを汚したくて仕方ない。
この衝動は何だ?


『ヤヨイ様?』


『・・・、』


何で、こんなに欲情してんだ。
誰に何を求めて・・・マトモじゃねぇ。
マトモじゃねぇけど────。




『クククク、いいねぇ。たまんねぇなあ』




腹の底からこみ上げて来る笑いは
自嘲でもあったし、嘲りでもあった。
何かが、狂う。狂わせられてる。
明確に『異常』を孕んで
衝動が俺を侵食しようとしてる。
アイツの『何か』が
俺の意思を呑み込もうとしてんだ。
いいね、いいよ。それでこそ。
面白いじゃねぇか。
この俺をたぶらかそうって?
貶めようって? くだらねぇ。
最初から底辺にいる俺からすりゃ
全部、茶番だ。恐いモンは無ぇ。
人生は死ぬまで暇潰し。
だったら退屈凌ぎに一つ
溺れてやろうじゃねぇか。
その得体の知れない『何か』に。




───今に見てろよ、糞野郎が。





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