ツガイドリ

□犬は故に彼を愛する
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───背中の羽根を無くしたのは
その後、すぐの事だった。
空に帰らない俺は悪道に堕ちたんだと
堕天の疑惑がかけられたらしい。
神の望んだ結果を持ち帰らない。
飼い慣らした筈の犬に手を噛まれたような
そんな気分だったのだろう。
この反逆は瞬く間に空へと広まり
遣いの連中とは、同士討ちになった。
イザヤは、毒のせいで。
あの夜からずっと眠り続けていて
守ってあげないとならなかったから。
生まれて初めての『恋』だ。
誰にも渡しはしない。
初めて他人に抱いた『興味』を
簡単に諦めてなるものか。
広すぎる彼の家は少し寂しくて、けれど
部屋を彩る家具や美術品は
本当に良いものばかりで
その趣味の良さには、とても感心した。
早く君と話がしたい、と。
その時が待ち遠しくて────。



『テスタメント、貴殿は審議にかけられる。覚悟しておくんだな』


『悪道に堕ちるなぞ。羞恥の極みだ』


『・・・、否定はしない』



羽根を焼かれ。剣を奪われ。
地位も名誉も捨て去った。
何故、どうして、と聞かれても
答えようがない。そんな感情だ。
悪道でも何でもいいから。あれが欲しい。
あの冷たい瞳の中に俺を映したい。
歪んだ願望が心の中に溢れ返ってる。
それと比例して、神の元に積み上げてきた
『退屈』は、何もかもが色褪せて
無価値なものへと成り下がった。




『地獄にしちゃ、見慣れたもんだな』




忘れもしない第一声。
ベッドサイドにあった
アンティークの椅子に座って
分厚い本を読んでいた時だ。
よくこんなに集めたものだと
それまた感心してしまうぐらいに
品揃えが豊富すぎる本の中から
何とかって哲学者の
くっだらない哲学書を選んで。
時間を潰していたら
隣りから聞こえてきた掠れ声に
心臓が破裂しそうになったのを覚えてる。
眼が合った瞬間、俺を不審者でも
見るような眼つきで睨み付けて
罵倒するもんだから堪らなくなった。
ああ、漸く。漸く話が出来る。
漸く、彼に踏み込む事が。
無理に立ち上がるものだから
開いた傷口から血が滲み
滴り落ちた赤い雫に、眉を顰めた。
痛みに喘ぐ彼は、淫猥な事この上なく
俺に激しい衝撃を与える。
──とは言え、また眠られても困るので
自分の血を飲ませてやった。
変態扱いされたのは少し心外だったが。
断罪者の血には傷を癒やす力がある。
それを建前に『治療』と
銘打った行為を無視されて
指に噛みつかれたから、何だか
手負いの動物みたいに思えて
笑ってしまった。
彼に噛まれた所を舐め上げる。


『殺されたいのか、変態』


俺を嫌悪して罵詈雑言を吐き散らす彼は
とても愛らしくて。和んでしまった。
いや、馬鹿にしていた訳じゃない。
ただ、懐かない猫を構ってるみたいな
そんな気分にさせられたんだ。
拒絶して、威嚇して。
噛み付くし引っ掻くし。
手懐けるのに苦労した。
だけど、一緒にいる内に
彼はだんだんと優しくなっていった。
そうなるように仕向けた。
興味を持って見ていれば攻略法は簡単だ。
イザヤは、あれでいて
子供みたいな一面がある。
意外な事に動物好きで可愛いもの好き。
どうも甘えられると弱いらしい。
犬猫を構って遊んでる時には
少年みたいに無邪気に笑う。
だから俺は。それに徹する事にしたんだ。
彼が愛玩するような『理想の犬』として。
ちょっとズレてる気もしたけど
目的の為なら手段は選ばない。
俺の性格は道を間違えると
随分危ない方向で開花するらしい。
まあ、そのお陰で『可愛い』と
言って貰えるようにまでなった訳だ。
断罪者ともあろうものが
何をやってるんだろうと
常に自問は尽きなかったが
彼の興味を引く為なら何だってできた。
手段なんて、どうでもいいから
俺は彼の『全て』が欲しかった。


『高い酒だ。大事に飲めよ』


いつぐらいだったかな。もう覚えてない。
俺が振る舞った料理は
全て彼の好きなものだった。
一緒にいる間に好みは見て覚えた。
彼に取り入る為に。
彼にもっともっと好かれる為に。
『美味しかったよ』と言われただけで
酷く満たされた気分になった。
彼に貰ったワインを飲みながら
『ちょっと悪いことしたかなあ』と
ぼんやり考えてるうちに
彼は『少し疲れたな』と、座ったまま
静かに眠りについてしまって。
そうさ、まさか晩酌に入るとは
思わなかったから
少量とは言え薬を盛ったのが
速効したらしい。
この日の罪悪感は墓場まで
持って行こうと思ってる。



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